八尾ニューモラル生涯学習クラブ掲示板投稿検索

 紫式部は何を伝えたかったのか24回  ikekazu  2021年7月31日(土) 11:10
[修正]
(知識の栞)平安時代の物語作品は、「もの語り」という名の通り、語り手が語るかたちで書かれている。−略−語り手たちの真骨頂は、逢瀬の場面だ。物語がいわゆる濡れ場に差し掛かると『源氏物語』は登場人物を唐突に「男は」「女は」と呼び始める。それまでの「君」「宮」「大臣」などの社会的な呼び方をかなぐり捨てて、恋する者たちに密着し、彼等を肩書のないただの「男」「女」として語る。それが『源氏物語』の語り手の、恋に対する姿勢なのだ。(山本淳子)

 女君シリ−ズも終わりに近づいてきました。女三宮の登場です。女三宮は朱雀院の三番目の内親王です。朱雀院は光源氏の異母兄。女三宮は今まで出てきた女君のうちで最高の身分と言えましょう。光源氏からすれば姪にあたります。朱雀帝は異母弟・光源氏には大いなるコンプレックスがあります。彼に勝てるのは帝の位だけだったのです。

 体調も悪くなった朱雀院は出家を思い立ちますが、心配なのは女三宮(14〜15)の事です。誰かよい人に片づけたいと思い、東宮やその母。承香殿女御らと相談。中納言・夕霧に婿になるよう仄めかす。他に、柏木、蛍兵部卿、藤大納言等が候補に上がります。しかし何と決まったのは光源氏39歳でした。光源氏は一旦辞退しましたが、その後受けます。其処には源氏の思惑がありました。それは@帝の娘であり箔が付く。A亡き藤壺の姪である事です。その歳の差26歳(親子ほどの差。しかも姪との結婚、そんな事あり? それとも母が違えば大丈夫?)

 紫の上の心境は複雑です。自分は光源氏に愛されてはいるが正式な結婚はしていない。議論はあるが、紫の上は正妻ではなく、正妻格。女三宮が降嫁すれば正妻となる、身分で脅かされる。とても不安です。

 因果関係の判明  ikekazu  2021年7月30日(金) 9:23
[修正]
 ある事から、原因と結果の符丁がピタリと合うことに気づいた。ある事とは三菱電機の検査不正問題。原因は製造業の劣化、結果は失われた30年である。

 三菱電気は、車両向けの空調やブレ−キに使う圧縮機で品質検査の結果を偽装していたと発表した。驚く勿れ、偽装は30年以上脈々と続いてきたらしい。しかも一部の検査で架空デ−タを自動で作成する「専用プログラム」を1990年頃から使っていた。1990年と言えば今から32年前、わが国で「失われた30年」が始まったころである。

 わが国はモノづくりで成り立つ国である。その厳しく、細やかな品質管理で世界から信用を得てきた。その信用で、世界第2位のGDPを築くまでになった。処が30年前から景気が悪くなり、”何時か反転する”との期待も虚しく日本経済は低迷した儘である。GDPも2010年には中国に抜かれた。最も中国の人口は日本の12倍だから、中国に抜かれた事自体はそう驚くに当たらない。しかしである。総額では世界第3位は維持しているものの、一人当たりのGDPは、どんどん抜かれ今や23〜24位辺りでウロウロし、韓国にも抜かれたか抜かれつつあるようだ。

 因は製造業の競争力の衰退&不祥事続発(信用の失墜)である。不祥事では、思いだすだけでも、超一流と称される企業名が次々挙げられる。果は国の衰退だ(因果関係の成立)。もう一度、日本の製造業が日本でそして世界で信用を取り戻すことから始めねば、失われた30年は40年にも50年にもどんどん伸びるのではなかろうか。今や、残念ながら政治家も公務員も企業家も国民もそして私も大いに劣化した事を認めねばならないのだ。

 紫式部は何を伝えたかったのか23回  ikekazu  2021年7月29日(木) 8:07
[修正]
(感想)『源氏物語』は情念の物語だと言いますね。「こうしたい」と願うことが「情」であつて、それを現実化させようとすることが「念」。改めて『源氏物語』を読むと、たくさんの人の願いやそれを遂げようとする思いが込められている。(やまと・わき:漫画家)

「明石の君」その五 明石の姫君が母親の明石の君と別れさせられたのは3歳の時です。今まで見てきた様に光源氏の強引さです。光源氏だからこそできたと言えましょう。

 このシリ−ズIで述べた通り、明石の姫君は紫の上に育てられることになりました。其処には光源氏の周到な計算がありました。将来明石の姫君を入内させたいと考えていて、その場合、明石の君の家格が低い、それをクリアするため紫の上に養母になって貰ったのです。しかし紫の上はわが子の如く養います。

 3歳だった明石の姫君は11歳になっています。4月下旬、紫の上が同行して東宮(朱雀院と承香殿女御の皇子)に入内。3日後に紫の上が内裏から退出。この折、姫君の実母・明石の君、後見として参内。ここで初めて紫の上(養母)と明石の君(実母)が対面したのです。明石女御は東宮の寵愛を受け、翌年懐妊して、六条院に退出。この時12歳(12歳で懐妊とは少し?)。ここから4年間空白。4年が過ぎ、冷泉帝は譲位。十月、光源氏は東宮即位や明石女御立后を前にして、住吉大社にお礼参り。

 宿曜の占いの二番目の「后」になるが見事当たり!! これでこの後男の子が生まれれば光源氏の情念は見事に叶うことになります。明石の君は大堰から六条院の西の町に移り住んでいます。明石の君は幸せだったでしょうか。

 今どうしているだろうか  ikekazu  2021年7月28日(水) 13:50
[修正]
 10年前までの5年間、小学校の受付員をしていた頃の話である。特別学級に一人の男の子がいた。初めて出会ったのは私の1年目、児童は確か2年生だったと思う。必ず授業の途中で抜け出してきて、校門の辺りを走り回るのであった。担当の先生(女性)は多分50歳代だったと思うので、動きについて行けず苦労されていた。その児童が校門から出ることがあれば、交通事故の心配もあり我々も少し緊張した。その子は「発達障害」で多動症とお聞きした。

「ニトリ」を一代で売上高7千億円の企業に育て上げたのは、会長・似鳥昭雄(77)氏である。先日の新聞に自分は「発達障害」である事が専門の医師により分かったとあっけからんと紹介されていた。現在の状況を次のように述べておられる。「注意力が散漫なんです。今でもそうですけど、人の言っている事をずっときけないんです。整理整頓もできなくて、机の上は書類だらけ。なくし物も多くて、身につけるありとあらゆる物をなくします。カバンも忘れてきちゃうので、もうポケットに入れるしかないんです」朝日新聞7・21付。

 小学校4年生になっても自分の名前を漢字で書けず、成績は何時もビリだったそうです。奥様から「あなたは誰でもやれるような事はやれないで、誰もがやれないことがやれる」とも。要は、自分は何が得意かを見つけることだと言っておられる。その為に色々な事をやって、自分で見つけることだと。

”ニトリの会長が『発達障害』なんて信じられない”となるのですが、神様から、誰にでも一つか二つのやれること・長所を与えて貰っているのではないでしょうか。非常に勇気づけられるお話です。さて、あの児童は今では22,3歳になっていると思うが、どのような青年になっているだろうか。元気にしているだろうか。

 紫式部は何を伝えたかったのか22回  ikekazu  2021年7月27日(火) 10:43
[修正]
(知識の栞)光源氏の子どもは3人である。数が少ないと思いませんか。あれだけ多くの女君と契りを結んだ人にしては。処で昔宿曜の占いで、「お子は三人、帝后並びたち、中の劣りは太政大臣」とあった。何故3人だったかの私の考えは後の機会に述べたいと思います。

(明石の君) 光源氏29歳。2月不義の子が東宮に。程なく朱雀帝退位、東宮が冷泉帝として即位。(宿曜の占いの一つが見事に当たり!)3月に明石の君が姫君出産。この事を光源氏は紫の上に明かします。「欲しいと思うところにはできないのに、ものごとは上手くいかないものですね、でも放っておけなくて、呼び寄せたら憎まないでやって下さい」「女の子だから、実につまらない」=これは源氏の大嘘、「いつも私を焼き餅焼き扱いなさって」(紫の上)(現在では考えられませんよね。即離婚でしょう。何とも勝手な光源氏よ、そして紫の上の健気さよ)

 光源氏31歳。上京を躊躇していた明石の君ではあるが、遂に明石入道を残し、明石の君と尼君が上京。大堰の邸(明石入道が以前土地を所有していて、邸を管理させていた。現在の嵐山辺りと推測される)に入る。光源氏は口実を設けては大堰に赴こうとするが紫の上は不機嫌になる(当然ですよね)。

 12月雪の降り積もった朝、その雪が溶けた頃、光源氏は明石の姫君を迎えに来ます。母親との別れです。幼いわが子を手放す明石の君の心境はどのようなものだったでしょう。「末遠き双葉の松に引き分かれ、いつか小高き影を見るべき」(明石の君)。姫君は二条院に着き、最初は母君を求めたものの、直ぐに紫の上になつくのでした。

P1 P2 P3 P4 P5 P6 P7 P8 P9 P10 P11 P12 P13 P14 P15 P16 P17 P18 P19 P20
全 100件 [管理]
CGI-design