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 結婚の今昔  ikekazu  2021年3月21日(日) 20:37
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「源氏物語」時代の結婚の形態はどうだったでしょうか。ややもすれば、「一夫多妻制」であった事を理由に、男性は光源氏を羨ましいと思ってしまうかも知れないが、なかなかどうして大変だった。何よりも、当時適齢期の女性は、家族以外に顔を見せない風習だったから、男性は「垣間見(のぞき見)」や世間の噂から意中の人を見つけねばならなかったのである。

 運よく見つかれば、その女性に「恋文」を贈る訳だが、それは、現在の様に直接には渡らず、女性に仕える女房連中、あるいは家族に先に見られてしまう。そして、使っている紙の質や墨の色、字の上手下手、添えられた歌の出来栄えが審査される。又女房達の横の連絡によって、イケメン度や家柄、女性関係も検討される。(この時代の貴族に生まれなくて良かった)。

 受け取った相手から返事が来なければアウト。最初に「断りの手紙」が来ればオ−ケイが決まりだった。それから3,4回と文を交換、会う約束を取り付け、女房の手引きで夜女性の部屋へと入れて貰う事になる(但し現在とは比較にならない暗さ)。一夜を共にした後、夜の明けきらぬうちに女性宅を出て、出来るだけ早く「後朝の歌」を贈答、三日間続けて通い、三日目に「露見の儀」「三日夜の餅の儀」などを行って婚姻が成立するのである。

 それから千年が過ぎ、去る17日札幌地裁で、「同性婚不可は『違憲』」の判断が下された。広辞苑は次の版で「結婚」の意味を訂正しなければならないだろう。何故なら今は結婚は男女が夫婦になる と記されているから。

 思い出すこと  ikekazu  2021年3月20日(土) 11:52
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 思い出すことがある。確か九州で大きな台風被害が出たときのこと、仲間に義援金を募ることになり、挨拶文を書いた。大略以下の通り。「このたび、○○地方で台風により大きな被害が出ました。心が痛みます。それに引き換え、私たちの住む▽▽は本当に自然災害の少ないことと、感謝せずにはおられません。つきましては  −以下略−」。

 ある方から、この文章は少し問題だと忠告をいただいた。理由は、もし被災者がこの文章を目にすることになったらどのような気分になられるだろうか? と。一瞬には理解できなかったが、成程と思え修正したのである。

 3/13、作家の川上弘美さんの寄稿が朝日新聞朝刊に載った。文章に甚く心を揺さぶられたので抜粋させていただく。「申し訳ない、という心もちは、大変居心地が悪い。なぜならその心もちは、明らかに『申し訳ない』と自分が感じている相手やものごとよりも、自分の方が恵まれているために起こってくることだからだ。めぐまれていると言ったって偶然だけが、いまこの環境を作ってきたのだ。自分が努力を積み重ねた結果でめぐまれたのではない。大方のことは、たまたま、なのだ。たまたま、そこにいたから。たまたま、そこにいなかったから。−後略−」。

 本当だ。私が、両親の間の次男に生まれたこと、大阪に就職したこと、結婚して今の街に住んだこと、そして55年も過ごさせてもらっていること、これらは全て「たまたま」で間違いない。

 あなたは話が長いですか?A  ikekazu  2021年3月18日(木) 13:30
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 さて、会議以外の講演や結婚披露宴などでの、話の長短は、必ずしも時間そのものではなく、話の内容や人柄、話上手・下手などで全く違ってくる。分かり易く、聴き取り易く、時にはユーモアで笑いを誘う話は、長くても長くは感じない。えぇ!もうそんな時間と思うことがしばしばである。

 私が今までにお聴きした著名人で、本当に楽しく時間を忘れたのは、@元NHKアナンサ−の鈴木健二さん、搗き立てのお餅を丁寧に優しく丸めるが如くの、ほんわか感が伝わる、あの柔らかい語り口が忘れられない。A作詞家・作家の永六輔さんはちょっと舌足らずで早口の江戸っ子弁、でもすっと飲み込めた。 B司会者・パ−ソナリティの浜村淳さん、よどみなく流れる浜村節、”語りの歴史というのを簡単に申し上げますとね、日本語と言いますのは七五調でしゃべりますと、耳に快く響くものなんです。筆も紙もない時代の庶民が詠んだ歌が万葉集に残っているのは、七五調だから、耳に残るから、口から口へと伝えられていったんです”。(日本語って素晴らしい)

 C歌手・俳優の武田鉄矢さんはテレビの金八先生そのままの語り口で話に乗せられる。ある温泉に掲げられていた西郷従道の扁額の話、意味するところは”お百姓さんは懸命に働いて1年の後に温泉に入ると言いますが、私は侍のくせにこの温泉に浸かって体を癒しております。お百姓さんに恥ずかしいと思いますが、私は百年後の日本がうまくいきます様、その計画を湯の中で一生懸命考えますので、どうぞ一日の湯治を許して下さい”(流石、隆盛の弟さんだ。今の政治家に是非心して味わって頂きたいものだ)。

 上記BとCは2005〜2006年にかけて司馬遼太郎記念館での講演である。耳を悪くして残念乍ら記念館の講演を止めざるを得なくなった。その引き金となったのが、女優の竹下景子さんの話が全く聴き取れなかった事。

 あなたは話が長いですか?  ikekazu  2021年3月17日(水) 9:40
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”女性が多く参加する会議は時間がかかる”と発言したM会長が辞任してから早や一か月が経ちました。後任には女性が選ばれ、理事も女性が40%強になったというから、前任者も結果的に大きな仕事をした?ことになるのではなかろうか。

 今回のタイトルは朝日新聞の読者アンケ−トを拝借した。私は自分の話が長いかどうか、余り考えた事は無かった。兎に角話し下手で頭の回転の遅い私は会議が苦手である。十分な準備が出来ていれば何とかなるが、それでも自分の思いを伝えられたと満足できるケ−スは10に一つもない。強調したくなり二度繰り返す自分が居る事も自覚しながら癖になっている。

 以下、アンケ−トを抜粋させて頂きます。自分の話が長いと認めている人=はい、は16%で、そんなことはない=いいえ と思っている人が84% となっている。理由では、はいのトップが「言いたい事を伝えたい」、いいえの人が「簡潔に話す」が断トツ。かなり自信がありそうである。羨ましい。処で、「話が長いと感じる時間」であるが、共通して1分30秒以上で50%を越えるであった。ちょっと私には意外。

 新幹線の東京−大阪間の所要時間を1分でも短くするという動きに似て、1分30秒が長いとは、なんか余裕がない社会になってしまった感がする。又、冒頭に戻るが、話の長い人、おしゃべり好きは、性別を問わずにいる筈なのに、”女性が・・”と特定された事が命取りになりましたね。今は後悔されていることでしょう(いやそうでも無いかな)。

 時代とともに・・・  ikekazu  2021年3月15日(月) 10:41
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 1億2千万人が暮らすわが国の事とて、噂話には事欠かない。が最近有名人の不倫の話が余りにも多すぎると感じるのは私だけでしょうか。

 念の為、先ず広辞苑を紐解くとしよう。
「不倫」 人倫にはずれること。人道にそむくこと。
「浮気」 男女間の愛情が浮ついて変わりやすいこと。多情なこと。   他の異性に心を移すこと。

 上述から明らかな如く、結婚していながら、他の男女に心を移すことは本来「浮気」であるのに、最近は専ら「不倫」というようになったのは何故だろうか。思うに、それは「倫理・道徳」に外れる行いであると、厳しく人々が認識することになったから?

 では平安時代の貴族社会はどうだったか。源氏物語第5帖「若紫」では、光源氏(既に葵の上という正妻がいる)は、思いつめていた藤壺女御(桐壺帝の后)との間に、逢瀬が実現しました。何とその逢瀬で藤壺女御は懐妊してしまったのです。密会の後、藤壺も光源氏も「そら恐ろし」など、帝への罪におののく姿が刻まれはするものの、それは、現在でいう倫理・道徳からの反省ではなく「宿世」、即ち、そうした関係に導かれる他なかった前世からの因縁の中での運命への嘆息であった(原岡文子)。

 男女間で発生する諸々は千年前を今も左程変わらないが、浮気一つを例にとっても、時代と共にその考えに違いが出てきていると言えないでしょうか。

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