八尾ニューモラル生涯学習クラブ掲示板投稿検索

 紫式部は何を伝えたかったのか29回  ikekazu  2021年8月10日(火) 9:42
[修正]
(知識の栞)(1)女君の亡くなった年齢:夕顔19歳、葵の上26歳、六条御息所36歳、藤壺37歳、紫の上43歳(光源氏とは33年間連れ添った事になります)。(2)出家した人々:藤壺、六条御息所、空蝉、女三の宮、朱雀院、光源氏(51,2歳頃と推測されます)。

「玉鬘その二」光源氏が玉鬘の母・故夕顔の事を妻の紫の上に打ち明けるところを紹介しておきます。紫の上は、今まで隠していたのは水臭いと怒るが、源氏は例によって機嫌を取り結ぶ。以下円地文子訳を。「他人の身の上を様々見聞きするにつけても、それほど深く愛し合っている仲でなくてさえ、女というものの執念の深さをつくづく見知りましたので、自分は決して好色心を持つまいと思ったのですが、そういう訳にもいかず、相手にしては適(ふさ)わないような女とも随分関わり合ってきました。その中で、しみじみとただ可愛かった点では今話した女が一番でした。もし世に永らえていたならば、北の町に住む明石の女(ひと)と同じ位に扱わずにはいられなかったでしょう」(ようそこまでいけしゃあしゃあと惚気を言えたものだ)。

 玉鬘が六条院に引き取られて半年、養父・光源氏は、養父らしからぬ動きをみせる。玉鬘の婿選びであるが、蛍兵部卿宮、髭黒大将が有力だが、さてとなると、源氏は惜しくなる。次第に玉鬘への恋心を隠しきれず、話の折にその気持ちを匂わせてみるが、玉鬘は一向に気づかない振りをするので、源氏は次第に悩ましくなっていく。更に、あんまりお母さまに似ているので、段々気持ちを抑えられなくなってしまいます。「あまり嫌わないでください」まさに養父の横恋慕丸出しである。危ないあぶない。

 人間は間違うものである  ikekazu  2021年8月9日(月) 11:38
[修正]
 私の机の前のタンスには、目の位置にA4の貼り紙がある。其処には次の様な注意が印刷されている。
         出かける時に確認を
 ・マスク ・補聴器 ・眼鏡 ・鍵 ・財布 ・スマホ ・ハンカチ
 (実際は縦に並べてある)
 これを貼りだし指差しするようになって、これらの忘れ物は無くなった。効果抜群。それまでは記憶だけに頼っていたが、よく漏れていた。人間は忘れるものであり、そして間違うものである。

 福岡県中間市の保育園で、5歳の園児が9時間も送迎バスの中に閉じ込められて、熱中症が原因で亡くなったという。本当に痛ましい事故である。どれほど怖くて、淋しくて、辛かったであろう。想像するだに可哀想でならない。

 バスに園児が残っていないかを確認すれば防げた事故である。確認にさして時間はかからないだろうにそうしなかった。普段はしているのにその日に限ってしなかったのかも知れない。送迎バスには大人は運転していた園長が一人だけだった由。此れも普段は二人だったのかも知れない。事故が起こる時は原因は2つか3つ重なる場合が多いのではなかろうか。

 私たちは、○人間は間違うものである。〇人間は忘れるものである。この事を常に頭の片隅に置いておかねばならないのではあるまいか。

 紫式部は何を伝えたかったのか28回  ikekazu  2021年8月8日(日) 10:20
[修正]
(知識の栞)長谷寺は、観音信仰の聖地として名高く、多くの参拝者で賑わっていた。『更級日記』『蜻蛉日記』『枕草紙』などにも長谷寺の記述がみられ観音の現世利益を願ってこの寺に、往時の女性がこぞって参詣したさまも想像される。椿市(つばいち)は参詣の際の宿場。

(玉鬘その一)『源氏物語』に登場の女君の紹介も終わりかなと考えていて、一人忘れて居ることに気づきました。皆さん覚えていますか? 場所は五条のとある廃院、時は八月十五夜、光源氏と夕顔が枕を共にしながら、源氏が夢をみて飛び起きたら夕顔が息絶えていた という場面。

 夕顔19歳は頭中将との間に忘れ形見がいました。頭中将も知りません。それが、「玉鬘」です。夕顔が亡くなった時玉鬘は4歳。乳母の夫太宰少弐就任の為筑紫に下り、その地に住みついて17年、美しく成人していました。求婚者が殺到。ある豪族から結婚を迫られ、玉鬘一行は意を決して都に逃げ帰ってきました。

 神仏の加護を求めて長谷寺に向かっていた折、椿市(つばいち)で、夕顔の元侍女で今は紫の上の女房である、右近と再会を果たします。右近は早速光源氏に報告します。大喜びした光源氏は、実父の内大臣(頭中将)には知らせず、自分の娘として、六条院に引き取り、夏の町の花散里に世話を頼みます(何ともいい加減というか大らかな時代ですね)。

 光源氏、玉鬘と対面しその美しさと洗練された人となりに感服します。

 この本をこそ  ikekazu  2021年8月7日(土) 4:37
[修正]
 折々のことばより「この本をこそ私一人のために書き残されたのだ。という読書の体験をもたないひとは気の毒な、不幸な人だ」唐木順三 7・25(朝日新聞より)。鷲田清一さんは、「通りすがりにいきなり胸倉をつかんで、これだけは読んでおけと迫ってくるヤバイ本である」と解説を加えている。

 私の場合、上の言葉に当てはまる本があるだろうか、と考えた。幸いにもそれがあるのだ。こんな嬉しいことはない。その本とは、三浦綾子著「細川ガラシャ夫人」(上下2冊の文庫版)である。この本程私を感動させ、涙を流させた本は他にない。戦国武将明智光秀と熈の間に生まれた玉子(後のガラシャ夫人)の一代記である。

 先きに結論を申します。何が私を感動させたか、それは、「人が、優しく、誠実に、一生懸命、一筋に生き、死すことの美しさ」です。

 光秀の婚約者熈への純愛から始まり、貧苦の中懸命に夫・光秀を支える妻・熈(女の命髪迄売るまでして)。玉他の子どもが生まれての家族愛、そしてぬくもり、光秀の玉への優しくも厳しい教育、坂本城でのつかの間の平和・平穏、婚姻が整い玉を細川忠興へと送りだす光秀の胸の内、父・光秀が起こした謀反により一族は瓦解するも、凛として信仰の世界へと進み心の安寧をえて過ごすが、男社会の夢実現の為の戦いの前に、「散りぬべき時知りてこそ世の中の 花も花なれ人も人なれ」の辞世の句を残してこの世を去る玉子であったのです。「ときを知る」は『伝導の書』の季節である」。「天が下のすべての事には季節」があるという。

 ガラシャ夫人が三浦綾子さんに乗り移ったかのような一行又一行の一冊である。

 紫式部は何を伝えたかったのか27回  ikekazu  2021年8月6日(金) 11:50
[修正]
「女三の宮・その四」 朱雀院の五十賀に向けて、六条院で行われた試楽。そこで光源氏に睨まれ「歳を取って涙もろくなった私をめざとく見つけて笑っているのだね」と嫌味を言われて以来、柏木は寝込んでしまう。致仕大臣(頭中将)は病気の息子・柏木の為に加持祈祷をおこなう(しかし何故息子が病を得たかは知らない)

 光源氏48歳。女三の宮、薫を出産。生まれたばかりの若君を格別世話するそぶりも無いので、老若男女たちは「なんて冷たい」と噂し、それを傍らで聴くともなく耳にする女三の宮は、尼にでもなってしまいたいと思うようになりました。

 女三の宮が弱っている事を耳にした朱雀院は、夜の闇に紛れて西山の寺を出、女三の宮を訪ねたのです。三の宮は「父院のいらしたこの機会に尼にして下さい」と訴えます。光源氏は大反対で懸命に引き止めますが、朱雀院は僧を呼んで女三の宮の髪を削がせました。その夜の加持になんと又六条御息所の死霊(物の怪)が現れました。真に執念深い事よ です。朱雀院は、光源氏の女三の宮への愛情が薄い様子が折に触れて耳に入り、それがまた世間でも噂されているのを不本意に思っているのです。間もなく柏木は泡の消えいるように亡くなりました。

 3月、薫の五十日の祝いがおこなわれました。光源氏は柏木に似た薫を抱きながら、孫の存在を知らぬ致仕大臣夫婦の悲嘆や柏木の不運を思い遣って、わが身の老いを自覚し、想いを深めるのでした。あれほど「この世の春」を謳歌していた光源氏にも陰りが見え初めています。出家した女三の宮は果たして幸せだったでしようか。

P1 P2 P3 P4 P5 P6 P7 P8 P9 P10 P11 P12 P13 P14 P15 P16 P17 P18 P19 P20
全 100件 [管理]
CGI-design