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 伴林光平先生の記念碑清掃  やす  2018年6月27日(水) 12:41
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6月24日、伴林光平先生の記念碑の清掃に行ってきました。
地元の人が少し前に草刈りしてくれていたので助かりました。写真は数日前に新しい鳥居が建立されたので、その場所で撮影しました。建立に至る経緯が多くの人の努力でなされたことをうかがいました。

 天運我に味方せず  ikekazu  2018年6月28日(木) 10:07 [修正]
「天運味方せず」 これは天誅組に贈るべき最も相応しい言葉ではなかろうか。彼等の行動は国を思う純粋無垢な気持ちからではあったが、五條代官所襲撃から1〜2時間後(蜂起から5日後)、それまでの「皇軍」は「賊軍」へと姿を変えてしまった。

「大君につかへぞまつるその日より わが身ありとは思わざりけり」 これは、51歳で刑死した河内の人、国学者・歌人の伴林光平の遺詠である。しかし、その彼が遺した?次の感想は人間味のある何とも微笑まし一面であり私は好きだ。

 それは「妻運」の悪さを嘆くものである。最初の妻を若くして失い、2度目の妻は家を顧みない女性であった。平岡鳩平(後の男爵北畠治房)のよく出来た妻・三枝子が羨ましくてならない。 (鳩平は、なんと仕合せな奴だろう。こんな美しい、しかも気立てのよい女を貰って −−それにひきかえ、このわしはどうだ。おんなじ郡山藩士の娘ながら、遊びずきで家のことはさっぱり面倒見ない。出来そこないの女だ。わしも妻運が悪いわい。前の女房には死なれるし、あとの家内がこれだから子どももかわいそうなもんだ) 「実記 天誅組始末」 樋口三郎より。

 それはさておき、中山忠光卿以下の隊士、鈴木源内以下の五條代官所役人、共に今の日本があるために必要な先人であったとつくづく思う。

   KAN  2018年6月28日(木) 16:15 [修正]
雨上がりの草刈りは露に濡れながらの作業でした。参加者は6名、細々ながら1年に2回の「光平碑清掃草刈」も長く続いているのはすごいことだと思う。草刈り作業の後玉祖神社社務所をお借りして光平を偲ぶ学習会を開催。講師はIKEKAZU氏。常にレジュメを準備されている。等身大の姿とも重ねながらの学習に学ぶことは多かった。学びながら思ったことは先人が示した「志に命を懸ける生き方・生きざま」は今の私たちの中のどこに隠れているのだろうか。すでに失ったのであろうか。

   館長  2018年6月28日(木) 18:18 [修正]
暑い中をお疲れさまでした。当日は、東京の奈良まほろば館での対談に参加の為に欠席でした。今回は東吉野村デーでしたので、東吉野村の歴史と観光などをアピールしましたが、東吉野村と言えば、なんといっても天誅組。そこでこの村を通った人物として伴林光平さんをご紹介しました。この地を脱出できたお陰で「南山踏雲録」を残せたと言っても過言でないと。秋は参加できたらと思います。お疲れさまでした。

 高安の里の花・ニンジンボク(人参木)  あ  2018年6月26日(火) 23:16
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 kobaさんいつも心温まるおたよりと詩歌ありがとうございます。
 梅雨のこの季節の散策、ニンジンボクの花が咲いているのに出会う。地味ではあるが里山で淡い水色の花が梅雨をイメージさせてくれる、そんな樹の花である。樹木ではあるが、葉っぱが高麗人参似だということが名前の由来らしい。黒谷にて。

 人参木への返歌  koba  2018年6月28日(木) 13:24 [修正]
梅雨の日に 青紫(あお)のタケノコ そそり立つ
   異国情緒の 名を持つ花よ

『水色は なみだ色』とは 昔日の
  懐かしき歌 人参木ぞ       和歌二首


あさん、こんにちは。
蒸し暑い梅雨の時季ですね。

確かに高麗人参に似ていますね。

私が子供だった時に、あべ静江の『みずいろの手紙』が大ヒットしました。
当時、子供心にも「いい歌だなぁ〜」と思いました。

水色の花から『みずいろの手紙』を連想しました。

お体、ご自愛下さい。

毎回の花画像、こころの洗濯をしています。ありがとうございます。

 日本人の性格は?  ikekazu  2018年6月26日(火) 14:26
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 日本人は、@「まあまあその辺で手を打ちましょう」的な、さっぱりした性格と思われがちであるが、結構A「いつまでも引きずって行く」ねちねちした性格も併せ持っている。

 西郷隆盛と大久保利通、共に今の鹿児島市・加治屋町の出身で、明治維新を成し遂げた2人である。しかし新政府の政策をめぐって対立、1877(明治10)年、西郷は薩軍を率いて反乱を起こし、それを大久保が鎮圧した。その大久保も翌年暗殺され今年が没後140年。

 有志の団体「西南の役官軍薩軍恩讐を超えての会」が、西郷等が葬られている鹿児島市の南洲墓地に、政府軍と薩軍を一緒に弔う慰霊塔を建立した。そして同団体が没後140年の大久保の法要をその慰霊塔の前で催す予定だった。処が西郷を慕う東京の市民グル−プ「敬天愛人フォ−ラム21」が法要を取りやめるように求めたというのだ。理由は、「賊軍の汚名を着たまま眠る人々や遺族の思いを考えて」とある。もう140年が経つというのに、未だわだかまりが解けていないらしい。(彦根と長州、長州と会津はどうなっているだろう)

 それにしても、これだけ国民から慕われている西郷さんの汚名をどうして雪ぐことができないのだろう。なぜ国のために尽くした隆盛が靖国に祀られないのだろうか。あまりにもねちねちし過ぎはしないか。当事者でない私には理解に苦しむ。 

 源氏物語をGACCOで学ぶ  Kan  2018年6月26日(火) 12:25
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「源氏物語」の世界
 
「源氏物語」は、若いころから強い関心を持っていました。しかし実際に現代語訳を読み始めるとすぐに読むのをあきらめてしまうことの繰り返しでした。今回の受講も「源氏物語」がテーマになっていることを知ってすぐ申し込んだのですが、いまだ物語の中身についてはよくわかっていません。
 
受講して学んだことは驚きの連続でした。源氏物語は大きく分けて3種類あったこと、それも紫式部が執筆当時から複数あったこと、他にも絵巻が物語の世界をさらにふくらませたこと、私たちが知らない「桜人」という巻が存在していたこと、また物語の時間的空間を埋めたり続編の形をとる巻が存在したり、さらには源氏物語続編の体裁をとりながら独立性のある作品まで、1000年の歴史の中で源氏物語周辺には数多くの作品があることを知りました。講師はこれらを外伝あるいはスピンオフ的作品と表現しています。
 
 源氏物語の中身をよく知らない私にとっても、その周辺に多くの作品が生まれたという事実から、その間多くの読者が心を動かされ作品に自分の思いを重ねていった歴史を感じます。物語がこうあってほしい。こんな登場人物であってほしい。そんな強い思いの中心に「源氏物語」という作品は存在してきたすごさを思わざるを得ないというのが正直な感想です。なぜ時代を超えてこれだけ思いを受け止める作品に「源氏物語」はなりえたのだろうか。それは人間の「男と女」という普遍的テーマを見事に表現した作品ということであろう。紫式部の力量にあらためて感服します。

 今回の受講で、作品が1000年という年月の経過の中でどれだけ渦を巻いて周辺に多くの影響を与え続けたかを知ることができたということが最大の収穫であり結論であります。冒頭申し上げたように私は本編の中身を知りません。早速図書館で源氏物語関連の作品を借りる手続きを済ませました。やっと私の人生で「源氏物語」そのものに触れるチャンスが訪れた次第です。本講座に感謝し感想を終えます。

 高安の里の樹/花・ジャカランタ  あ  2018年6月19日(火) 18:13
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 ジャカランタという樹の名前を初めて知ったのは、八尾商工会議所が新しく今の場所に建てられたのを記念してある団体が玄関脇に記念樹として植樹、その名札を見た時であった。図鑑で花や樹の姿を知り、更に「世界三大花木」の一つだと知り、興味を持ち、毎年花の時期には楽しみに前の道を通っていたが、いまだに花の咲くのを見ることはなかった。そんな折、昨年恩智(南)の散策で大きな屋敷の庭にジャカランタが、そしてその大木に花が咲いているのを見つけた。昨年は花の盛りは過ぎていたので今年は花の季節が待ち遠しかった。樹は大木で、花は上の方で風で花びらがひらひら、私のデジカメでは、これで精一杯ではあるが、満足である。

 ジャカランダへの返歌  koba  2018年6月25日(月) 16:11 [修正]

道匂ふ 「青い桜」の ジャカランダ
  中南米の 珍しき花

待ちに待ち 毎年願ふ ジャカランダ
  遂に今年は 青紫(あお)の花 見ゆ  和歌二首


あさん、こんにちは。待ちに待ったジャカランダ、遂に観賞ができて良かったですね。原産地はアルゼンチンなんですね。検索して知りました。

花画像から、あさんの嬉しさが伝わってきます。念願がかなって、やっとのこと観賞できた喜びが花画像に溢れていますよ。

絵には作者の心が出るとよく聞きますが、花画像にも撮影者(あさん)の心がよく投影されていますよ。

あさん、これからも散策、花画像の撮影で満足感を得て下さい。

今回も素敵な花画像をありがとうございます。

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