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 高安の里の花・ヒトツバタゴ  あ  2019年4月30日(火) 19:17
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 高安の里の散策コースに今、あまり見かけない少し変わった樹の花が咲いている。樹は細かい枝で枝分かれが多く、その先に白い花をたくさんつける。花びらは4つに深く裂けて細く、風が吹くと束ねた白糸が揺られているように見える。別名を「ナンジャモンジャの木」という。郡川にて。
 この樹が久宝寺の並木に数十本植えられていて、風に揺られる白糸は見事である。「ナンジャモンジャの道」と呼びたい。

 物入りの季節  ikekazu  2019年4月27日(土) 14:34
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「物入り」とは、費用の掛かる事、出費 (例)今月は物入りだった、物入りな年の瀬。 と広辞苑にある。例文にあるごとく、年の瀬は新年の準備のこともあり物入りだが、年度初めの4月5月も本当に物入りな季節である。私事で恐縮だが、この2か月で私が納めなければいけない年会費が10件近くもあり、ちよっと目を剥いている。

 お金といえば、5年後に新札が発行される。新札に登場する人物について一時話題となっていたが、面白い投稿があったので引かせていただく。「福沢諭吉から渋沢栄一、樋口一葉から津田梅子、野口英世から北里柴三郎にかわるという話をじっと聴いていた妻が一言『すぐに手元から出ていくのだからデザインは関係ないよ』」と。豊中市の長期滞在して欲しいさん79歳。

 ちなみに、平成29年度の日本銀行券の製造計画は以下の通りだった由。

 一万円  1,230百万枚    123,000億円
 五千円    200 ”        10,000 ”
 千円    1,570 ”         15,700 ”
 合計    3,000 ”        148,700 ”

3,000,000,000枚(30億枚)、14,870,000,000、000円(14兆8700億円)である(この0の多さよ)。 ところで、5年後ともなれば、キャッシュレスがかなり進んでいて、現物の需要がどれだけあるか興味が沸いてくる。      

 事実は小説よりも奇なり  ikekazu  2019年4月24日(水) 22:55
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 わが愛する「虎軍」は、開幕から間がないというのに、早や定席に殿と鎮座しています。余程座り心地が良いのでしょう。「今年は成績に拘りません。それよりも若手がどれ位成長するかを楽しみにしています」とは、シ−ズンが始まる前に友に送った手紙の内容である。(少々投げやり?)

 処で、22日の朝日新聞に興味ある記事が載った。「虎軍」創設以来の「G軍」との成績である。これをみてエッと叫んだ。先ずは数字から。
(A)昭和1リ−グ時代(1936年〜49年)
  85勝84敗3分け 勝率5割3厘
(B)昭和2リ−グ時代(1950年〜88年)
  410勝546敗51分け 勝率4割2分9厘
(C)平成時代(1989年〜2019年)
  318勝435敗17分け 勝率4割2分2厘

 もうお気づきだろうか。その勝率である。(B)1007試合(C)770試合も戦って、その勝率が、(B)0.429(C)0.422と0.007しか違わないのである。これって奇跡に近いのではないでしょうか。まさに神がかり的である。(今夜はDeNAに3−1で勝ち、珍しく2連勝となったが)

 河内の春・レンゲ畑  あ  2019年4月23日(火) 23:37
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 レンゲ畑があまり見なくなってきた、と思っていたのだが最近一面真っ赤に染まったレンゲ畑によく出会うようになった。稲作の土壌改良に見直されたのだろうか。東大阪六万寺にて。

 分去れ(わかされ)  ikekazu  2019年4月22日(月) 9:40
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 平成も残すところあと僅か。今上陛下が象徴としての務めを懸命に果たされてきた平成の世も歴史となる。在位中最後の地方訪問は伊勢神宮へのご参拝。テレビで、沿道で両陛下をお迎えしている人達にインタビュ−していたのだが、一人の男性が、「陛下をお見受けできれば嬉しいです。私は陛下が大好きですから」と答えていた。私は今上陛下のお人柄、御振る舞いは間違いなく国民に理解されていて、それがこの男性の言葉”大好きですから”に凝縮されているように思う。

 皇后陛下の御歌(1995=平成7年)
「かの時に我がとらざりし 分去れの 片への道はいづこ行きけむ」
(分去れとは、長野県の浅間山麓、追分宿のはずれに、詩人・立原道造が〈右は越後へ行く北の道 左は木曽へ行く中山道〉とうたった分かれ道が「分去れ」と呼ばれ、今も旧跡として残る=朝日新聞解説)

 皇后美智子様は民間から皇室入りをされた。皇太子妃の話が持ち込まれ、受けるかお断りするかのご判断を迫られた時の、心の葛藤はいかばかりであられたことだろう。

 皇太子妃になられたあと、その時の心境を皇太子様(当時)にお話しされたであろうか。されたと思う。だからこそ、去年の天皇誕生日に陛下が「自らも国民の一人であった皇后が、私の人生の旅に加わり、60年・・・」と声を震わせて感謝の言葉を述べられたのであろう。

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