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 ○○○症候群  ikekazu  2021年5月9日(日) 10:23
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 最近目にして思わず笑ってしまった案内記事があった。それは、精神科医の講演案内で、タイトルは「自分は正しい」症候群 であった。

 調べたところ、「症候群(シンドロ−ム)」とは、同時に起きる一連の症候のこと、原因不明ながら共通の病態を示す患者が多い場合、そのような症状の集まりに名をつけ、扱いやすくしたものである。同時発生様の社会現象などを指す用語としても使われる」とある。私は今まで症候群=病気と思っていたのだが、厳密には違うようだ。症候群の中に「五十肩症候群」がある、五十肩は立派な病気と思っていたがそうではないのかなあ。各種ギャンブルに嵌まってしまう、スマホのゲ−ムにのめりこむ、アルコ−ルに溺れるのは、病気それとも症候群?

 さて今日の本題。コロナ禍の先行きが見えない中、政府は東京五輪開催の方向で進んでいるようである。現状を見ればちょっと無理ではないかと思うし、私個人としては中止すべきと考える。しかし、そのことで代表選手個人に働きかけようと考えた事はない。処が、報道では、水泳の池江璃花子さんにSNSを通じて、代表の辞退や五輪への反対を求めているというのだ。

 これは明らかに間違いで、大いに筋違いだ。やった人たちは自分の行動は正しいと信じているのだろうが、この人たちは「自分は正しい」症候群ではなかろうか。  私も常に自分を振り返らなければと肝に銘じたい。

 多くの人が出家するA  ikekazu  2021年5月7日(金) 9:47
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 光源氏51歳の春。最愛の妻・紫の上は4年来の病に臥している。紫の上は出家を願うが光源氏は許さない。出家すれば夫婦の関係が絶ちきられるからである。光源氏にはそれは耐えられない。同年秋、紫の上は逝去。結局彼女は出家を希望しながらかなえられなかった。

 光源氏は途方に暮れ出家を考えるが世間の批判を恐れ思い止まる。明けて光源氏52歳。1年間を紫の上を偲び憂愁の半生を顧み乍ら出家の決意を固め、身辺整理を始める。須磨流謫時代、都の女君達からの手紙を女房に焼かせ、その際別に残していた紫の上の手紙も後日破かせる。(第41帖幻)この巻の後光源氏は「源氏物語」から消える。そして、題名だけの巻「雲隠」で、光源氏の死が暗示される。(何とも紫式部の憎い仕掛けではないか)

 私達は、光源氏は思うがままに生きたと思いがちですが、彼にも思うようにならなかったこと、後悔する事、反省すべき事が多々あり、最後は世の無常を噛みしめながら、出家したと思われないでしょうか。

 石井和子氏(フリ−アナンサ−・気象予報士)の感想がその事をいみじくも語っている様に思います。「私達は平安時代の貴族たちと、ほとんど同じ大気の中に暮らしているということ。そして何より『はやぶさ』が宇宙から帰ってくるような時代になっても、人間は全く変わっていないということ。同じように恋愛や人間関係、仕事などに悩み、結局、あんなに素晴らしい光源氏だって、年老いていきオジサン化していって、最後は亡くなっていくのですから」

 源氏物語での出家願望@  ikekazu  2021年5月5日(水) 9:27
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 空蝉、藤壺、女三の宮、朧月夜、浮舟、この5人に共通するのは出家である。源氏物語を読んでいて気づいたのが出家願望者の多さであった。

「出家」とは、俗世を離れて仏道修行に専念することである。@生きる意欲を無くす。A大切な人を失う。B死を身近なものと感じて 等が主な事情であろう。男性が出家する場合は、髪と髭を剃る(丸坊主)、女性の場合は、髪を肩ほどまでの長さに切る(尼削ぎ)。平安時代に、剃髪して寺に入ることを出家、寺に入らない者を入道と区別する様になった。

 さて、空蝉については前回取り上げたが、光源氏が17歳の時ただ一度だけ関係した仲である。受領の夫・常陸介の死後、継息子・河内守の執拗な言い寄りに嫌気がさし、周りにはそうとは知らせないで出家した。原文では、「うき宿世ある身にて、かく生きとまりて、はてはてはめづらしきことどもを聞き添ふるかなと、人知れず思ひ知りて、ひとにさなむとも知らせで、尼になりにけり」とある。

 藤壺女御は、光源氏の母の故・桐壺更衣に非常に似ていた事で、光源氏の父・桐壺帝に気にいられて入内した。光源氏の永遠の憧れであり、18歳の時逢瀬を遂げ、不義の子(後の冷泉帝)が誕生。その後も光源氏は執拗に藤壺を求めるのだった。

 空蝉も藤壺も原因は、継息子や光源氏の執拗かつ熱烈な求愛から逃れる為だったが、女の命とも言える黒髪を、尼削ぎとは言え切ることには相当な勇気が要ったのではなかろうか。藤壺の時の情景を紫式部は「御髪おろしたまふほどに、宮の内ゆすりて、ゆゆしう泣きみちたり」と描写している。

 平安貴族はタフでなければならない  ikekazu  2021年5月3日(月) 9:50
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 当時、貴族階級の男女の結びつきは、@噂を聞く→A相聞歌を贈る→B返事が来る→C手紙のやり取り→D女君の女房の計らいで逢瀬の機会が作られる でした。となると、男は情報網の充実、和歌を詠む才能、字が上手、そして気のきいた女房に巡り合える幸運が必要、となろうか。何とも手間隙のかかる事よ である。つまりタフでなければ取り残されることになりかねないのだ。(平安貴族に生まれなくて良かった!)

 源氏物語では、いとも簡単に男女共歌を詠んでいて、とっさによくも浮かぶものよと感心する。光源氏の結婚は、12歳の時、4歳年上の葵の上とだが、それは父帝・桐壺帝と葵の上の父・左大臣の間で決められたものだったから、冒頭の様な男女の結びつきではなく、二人の間に歌のやり取りはありません。(女君の中で葵の上の歌だけが物語に出てきません)

 光源氏の最初の恋の冒険談は17歳の時。人妻・空蝉(受領の妻)との密通(と言っても光源氏の一方的な)である。一夜の契りの後、後朝の別れの歌が二人の間に交わされています。「帚木の心を知らで 園原の 道にあやなく惑ひぬるかな」(光源氏) 「数ならぬ伏屋に生ふる 名の憂さに あるにもあらず消ゆる帚木」(空蝉)

 ちなみに紫式部は、空蝉が自分に似ているとどこかで述べているそうです。空蝉はあまり美人でないが聡明であり、矜持も持ち合わせています。一度の過ちはありましたが、二度と受け入れないという一本芯の通った女人の気強さが見て取れます。若くして出家、最後は光源氏に二条東の院へ引き取られ、何不自由なく暮らします。

 不美人はこれでもかと描く紫式部  ikekazu  2021年5月1日(土) 21:13
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 紫式部は、不美人はその容姿をえげつなくも事細かに描く。果たして紫式部の意図は何処にあったのだろうか? 末摘花と一夜を共にした光源氏が、翌朝雪明りに彼女の顔を初めて見てその醜貌さに吃驚する。そんな場面がある。

 円地文子訳より。「第一に居丈が高く胴長にお見えになるので、思った通りだとがっかりなさる。それに続いて『ああ、見ともない』と見えるものはお鼻であった。ふとそこにお眼がとまってしまう。普賢菩薩の御乗り物の象の鼻によく似通っている。呆れるほど高くのびている上に、先の方が少し垂れて赤らんでいるのは、何とも言えず見苦しい。−略− 額つきは大層腫れているのに、なお下ぶくれに見えるのは、多分、恐ろしく長顔なのであろう。−略− 頭つきや髪の垂れようなどは、申し分ないと思う美しい方々にほとんど劣らないほどで、袿の裾にたまって、尚後ろに引いているお髪が一尺ばかりも余っているかと見える」 第六帖「末摘花」

 座高が高く顔の長いのは当時好かれなかった様だ。逆に髪が黒くて長いのは美人の条件。絵巻で見ても大抵の女君は腰より長く黒々と描かれている。

 ドンファン(女たらし)であった光源氏だが、彼の美点は、如何に不美人であっても、その性格によい処を見つければ、最後まで面倒をみて、捨てないことであった。光源氏は年賀で六条院の妻たちを訪れた後、二条東の院の末摘花を忘れることなく訪れています。(第23帖「初音」) 冒頭の疑問はこの為かな? 何れにしても「源氏物語」は当時の社会のよい勉強になります。

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