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 師弟関係@  ikekazu  2021年5月20日(木) 15:02
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 細井平洲と上杉鷹山、小川含章と廣池千九郎、仰木彬とイチロ−、栗山英樹と大谷翔平、此処に述べたのは4組の師弟である。鷹山も千九郎もイチロ−も功を成した。そして大谷も成しつつある。歴史上名を成した人には、必ずと言ってもよいほどに、良き師に巡り合っていることが分かる。

 最近、大谷翔平選手の名が日米のマスコミに出ない日はない。又、アメリカのメディアは「MLBは日本の栗山英樹監督と日本ハムに感謝しなければならない」と、彼を二刀流に育てたことに謝意を表した。流石にアメリカ、成功者にも育成者にもとても温かい。二刀流で100年前のベ−ブ・ル−スに並んだのだから、それも宜なるかなである。

 ドラフト前の高校3年生の大谷は日本球界を経ずに、直接MLBに行く希望を表明していた。が日本ハムが指名、大谷と交渉開始。交渉に加わった栗山が発した「誰も歩いたことのない道を歩いてほしい」、「それを手伝いたい」が決め手となって入団させることに成功した。多分、二刀流でやらせることとポスティングシステムでのMLBへの移籍も約束したのではなかろうか。

 約束を実行する為に、球団は慎重なプランを描き、栗山監督は頭を悩ませながら、愛情深く弟子・大谷を育てた。約束通り24歳で彼をアメリカへと送りだしたのである。そして、栗山監督と日ハムの夢が花開いた。

 思うに4組の師弟に共通するのは、”愛””情””絆”ではなかろうか。

 不老長寿  ikekazu  2021年5月17日(月) 10:22
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 中国最初の皇帝・秦の始皇帝が不老不死(不老長寿)に執着し、国内各地へ不老不死の薬を探すよう命じていたことは有名である。しかしその願いは叶わず、即位から11年後の紀元前210年に死去(49歳)。それは欲過ぎたのである。不老は無理だし、不老無くしての長寿は果たして幸せと言い切れるだろうか。

 またまた、「源氏物語」の世界。その場にいるだけで周りは光り輝き、芳香が満ち満ちたと言われた光源氏も32歳を迎えた。恋焦がれ続けた藤壺入道(藤壺中宮が出家)が病に倒れ、亡くなってから、”輝く貴公子”も段々とモテない中年になって行き、「湿った香り」を気にするようになった。湿った香りとは今で言う加齢臭だろうか。梅壺女御に恋情を訴えるも全く相手にされない。尚、光源氏は56,7歳で没したと思われる。


 ちなみに、当時の長寿祝いには、40賀、50賀、60賀・・・90賀迄10年おきにあった。現在は還暦(60歳)、古稀〔70歳)、喜寿(77歳)・・・皇寿(111歳)となっている。平安時代の40賀は現在の還暦に当たる感覚、即ち、プラス20歳と考えたらよいと言われる。

 遅かれ早かれ「老い」は避けて通れないのだ。釈迦の「四苦=生老病死」は4つの苦では無く、人生において避けて通れない4つの道程だと言われる。老いが避けて通れない中での超長生きは想像するだに辛い。程よく生まれ、程々でオサラバできるのが良いのではなかろうか。日本の現状を見るにつけ、今以上の長寿は、本人も社会も負担が大きすぎるように思えてならないのである。この様な発言は非難を受けるだろうか。

 何故”虎”の優勝を願うのか?  ikekazu  2021年5月15日(土) 21:25
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 早や26年4か月にもなるのだ。1995年1月17日発生の「阪神・淡路大震災」である。当日朝のテレビニュ−スでは左程の大きな被害になるとは想像もつかなかった。何時もの通り私は近鉄八尾駅を6:50の電車に乗ったのだが、大阪市内に近づくにつれて災害の大きさを感じるようになっていった。

 その年のプロ野球の話。オリックス・ブル−ウエ−ブと言えば、パ・リ−グのチ−ムで、大阪を本拠として、グリンスタジアム神戸を準本拠地としていた。大震災の年の監督は、後に名将の誉をほしいままにした故・仰木彬さんで、選手の中に若き日のイチロ−がいた。大震災を受けて、オリックスは「頑張ろうKOBE」を掲げ、ペナンントレ−スに臨んだのである。

 その結果は、82勝47敗1分け、勝率 .636で見事にリーグ優勝(日本シリ−ズでは野村監督のヤクルトに1勝4敗で敗退)。神戸市民に元気をもたらした。イチロ−の当時のコメント ”この優勝はひと言で言えば感謝。震災にあった方々にも本当に勇気づけられました”。

 現在、コロナ感染症の第4波が全国を襲っている。大阪は一時期コロナ対策の優等生と言われたが、此処にきて東京を上回るほどの窮地に立たされている。阪神(大阪と神戸)を本拠地とするタイガ−ス(虎)がここまで26勝10敗2分け(5月14日現在)でリ−グトップに位置している。苦境にある大阪府民を勇気づける意味でも、阪神・淡路大震災時のオリックスの様にリ−グ優勝を果たして貰いたいと心から願っている。実現すれば老い先短い私への大きな「餞別」となるだろう。

 華があるA  ikekazu  2021年5月13日(木) 9:43
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 今でもレストラン等で、日本人(黄色人種)だと分かると、トイレの傍の席に案内されるという人種差別が厳然と残る米国で、多くの米国民からの熱視線を浴びている日本人がいる。

 ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手(26歳)がその人。現在での華のある人の一人だ。去る4月26日、レンジャ−ズ戦に2番・投手で先発出場、5回を投げて勝利投手、打者としては3打数2安打2打点をあげるという離れ業。これは、かの有名なべ-ブ・ル−ス以来のことであったのだ。「メジャ−で二刀流をやらせてくれるところはない」と言われた、そのMLBにおいて100年振りとなる快記録を打ち立てた。

 195センチと日本人離れした体躯、甘いマスク、快活(日本人として異例?)、選手として、打って良、投げて良、走って良しと文句の付けるところがない。辛口で有名だった故・野村克也さんをして、「日本のプロ野球80年の歴史で、あんな選手は初めてだろう」と言わしめている。

 日本人投手として最初の野球殿堂入りを果たす→その為には最低15年はプレ−する必要→その為には25歳でメジャ−に挑戦と、明確な目標を掲げ、それから逆算してスケジュールを立て実行している。

 前回「華のある人」として採り上げた「光源氏」は架空の人だが、大谷翔平は実在の若者である。恵まれた天分の上に、更に自分で努力を重ね目標達成に邁進する、そんな彼を「華のある人」に挙げる事に異論はあるまいと思う。

 華がある  ikekazu  2021年5月11日(火) 15:01
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「あの人には華がある」という言葉を耳にする。其処にいるだけで明るい雰囲気になる、他人を自然に笑顔にさせる人を指してそう呼ぶ。ただ、本来は、芸人、役者に限定して、優れた芸を花(華)に例えたそうです。それは兎も角として、人を強く惹きつける雰囲気のある人を、独断と偏見で二人挙げてみたいと思います。最初は千年前のあの人を。

 光源氏は源氏物語の主人公です。桐壺帝と桐壺更衣の間に「きよらなる玉の皇子=桐壺帝2番目の皇子)として生まれました。次男であった事、母・桐壺更衣にはしっかりとした後見者がいなかったことや他の事情もあり、東宮→帝にはなれませんでしたが、容貌、才能、身分、どれを取っても傑出していたのです。和歌を詠んでも、漢詩を作らせても、舞は勿論、琴を爪弾いても、他を寄せ付けない才能を供えていたのでした。

 清涼殿で試楽を催した時、頭中将と共に青海波を舞った時の様子を、橋本ゆかり訳で紹介します。「左大臣の子息で、抜きんでた美貌と立ち居振る舞いの頭中将も、光源氏のありようには敵いません。折しも、西に傾く入日の光によって、華やかに射し照らされて舞う光源氏の姿は、地上のものとは思えぬ美しさに映り、舞の合間に詠うその歌声は、仏の国に住むという迦陵頻迦の声と響きます。帝、上達部、親王など男たちは皆、光源氏の青海波に感涙します。 −略− 光源氏の顔は、殊にいつにも増して光り輝いて見えました」光源氏18歳の年の冬の事です。(第7帖紅葉賀より)

 青海波を舞う光源氏の姿は、正に「華がある」とは言えないでしょうか。 

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