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 合宿でエネルギー  ken  2018年7月3日(火) 17:59  HP Mail
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毎日の暑さ応えます。SSCでは7〜8月はお休みにて夏季休暇に入ります。
その様な中避暑地に合宿、8/26〜8/31長野県白馬に9名でスケッチ。
温泉とお酒にて9月からのエネルギー蓄積です。
1:旧京都府庁
1:岡山県(牛窓オリーブ園から)
1:京都伏見「閘門」
1:滋賀県近江八幡堀

 「幸福度は千差万別」A  ikekazu  2018年7月2日(月) 9:33
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 蛇足ながら、昨日の雑文は幸せの感じ方は個人や国によって違うものであるという基本を申し上げました。

 では、自分が幸福と思っていればそれですべて良いのか?の疑問が残ります。卑近な例を挙げれば、家をごみ屋敷にしたり、必要以上の猫等を飼って臭気を周りにまき散らしている人が「自分は幸せだ」と思っている場合、これは全く問題ではないのでしょうか。

 日本国憲法第3章 国民の権利及び義務 第13条に、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」。 とあり、自由民主党憲法改正推進本部による「日本国憲法改正草案」では、「個人として」が「人として」、「公共の福祉に反しない限り」が「公益および公の秩序に反しない限り」となっていますが、基本的には同じでしょう。

 個人として幸福と思って(感じて)いることが、社会でも認められる範囲内であれば万々歳だといえましょうか。

 幸福度は千差万別  ikekazu  2018年7月1日(日) 9:57
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「人の顔は千差万別」 中には似た人もいるけれども、世界に70億人もの人がいて、二人として全く同じ顔がないことの不思議さ。正に神の世界だ。

 さて、人の顔と同じく幸せの感じ方も千差万別ではなかろうか。本来決まった法則などなくて、本人がどう思うか(感じるか)にかかっている。大きなお世話かと思うが、昨今ランキング付けが流行っていて、経済力や社会保障、その他を加味して、国連が毎年国別に幸福度の順位付けを発表している。

 処で、大の親日国であるブ−タン、人口は約70万人の小国であり、GDPで比較すれば、世界約200ヵ国中おそらくお尻の方に来るはずですが、国民は「自分の国が幸福度ナンバワン」と言っています。そう思っているのです。誰がそのことに文句をつけられましょうや。

 ネットに、2016年度世界幸福度ランキングが載っていました。日本は157国中53番目。世界一と自認しているブ−タンは何と84番目に位置付けられています。ちなみに1位はデンマ−ク、2位はスイスです。

 N幹事長が、国の将来を憂えてのことなのでしょうが、講演で「子供を産まない方が幸せじゃないかと勝手なことを考えて(いる人がいる)」と述べ物議をかもしています。人の顔も幸福度も価値観も「千差万別)であり、一括りでは片づけられない難しさがあり、時代背景が違うことを失念されていたのでしょう。 個人の幸福と国の幸福を両立させることが出来れば万々歳、官民挙げて知恵を絞らねばなりませんね。

 アクティブ・ラーニング  Kan  2018年6月28日(木) 21:39
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今学校の授業が変わろうとしている。そのキーワードが「アクティブ・ラーニング」。GACCOでその中身を学んだ。受講後のレポートは以下の通り。
●意義
今教育界では、アクティブラーニング「主体的・対話的・深い学び」が大きなテーマとなっている。講義を聞くだけの学びではこれからの時代要請にはこたえられないという危機感から生まれたもので、「学習保障」から「高次能力養成」への転換である。
●成立条件
教育改革が成し遂げられるためには、多くの条件に恵まれる必要がある。国のレベル、教育委員会でのレベル、各学校のレベル、そして教育者の人材、その社会を支える教育環境など。具体的にはICT環境の充実、評価技術、現行システム(ex入試制度)との整合性、ことを前に進めるリーダーの存在、教育者の力量などが問われる。
●発展するための留意点
一番にはこの改革に熱い思いを持つ人材がいることが前提で、教材にどれだけの工夫がなされるか、学びに文脈が感じられるか、学ぶ人にとって常にその学びが新鮮なものであり続けられるか、教える側も含めて学びそのものが楽しいという「生きる力」にまでつながる学びのグレードアップが望まれる。
●受講しての感想
今回このテーマに興味を持ったのは学校で道徳が教科化しその学びの中で何回となく出てきた言葉が「アクティブラーニング」。解をひとつに限定できない問題は日常たくさんあり、これらに対応できる学びであることを知った。正しいことはたくさんあり日常はそれらのバランスのとり方が各自の「生き方」でもある。学校での学びと社会に出てからの学びが一つにつながってきた感じがする。社会で「生涯学習」という言葉があるが、まさにアクティブラーニングは生涯学習を具体化したものだと考える。

 生き方が「アクティブ・ラーニング」であること  koba  2018年6月29日(金) 15:49 [修正]
Kanさん、こんにちは。お世話になっています。

学校現場でも、日々「アクティブ・ラーニング」のオンパレードです。私も毎年、アクティブ・ラーニングの公開授業を校内で実施しています。

教授式(一方的に教える)の授業から、生徒が調べ学習をし、話し合いをし、取りまとめをして、発表して、質疑応答によって学びを深め、知的好奇心を旺盛にさせる授業の展開。

しかし、気をつけなければならない点は、やはり教師の調整能力、ファシリテイトする指導力・バランス感覚です。それなくして、やみくもに調べ学習をさせるだけでは、ただ単にデジタル操作の上手い子、タブレット操作に長けた子しか育てることができません。
そして、方向性をひとつ間違えると、行動の伴わない、実行をしないでただ単に「口達者」な子供に育ててしまう危険性すらあります。
黙々と実行する尊さ、屁理屈を言わないで仕事にひたすら打ち込む職人肌の生き方を否定しかねないリスクもあります。

私が学校現場で懸念している実感です。

尊敬する先輩教師が、『大切なことは頭の中がアクティブであることだ』とおっしゃっていました。その言葉に共感しています。

私は生き方がアクティブであることが大切だと思っています。そういう意味で、八尾ニューモラル生涯学習クラブさんの活動こそが「アクティブ・ラーニング」の良きお手本だと思っています。

 こころの匙加減  ikekazu  2018年6月29日(金) 11:12
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 匙加減とは、「塩梅」であり、「程々」であり、「バランス」と言い換えられるのではなかろうか。100歳で現役を続けられている精神科医・橋幸枝さんの「こころの匙加減」を読んだ。橋さんのような方を見ると、70歳代は「鼻たれ小僧」を実感する。

 巷に出回る「○○○健康法」や「△△△食事法」に振り回されることなく、自分自身で「こころの匙加減」を見つけましょう、それが大事ですよ!が要旨だろう。

 本の終わりに記されている「頑張りすぎず、自分を甘やかせすぎず、我慢しすぎず、他人を頼りにしすぎず」が心に残りメモをした。時々この言葉を見ながら、これからの人生を心穏やかに歩みたいものである。

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