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 12/8  Kan  2018年12月8日(土) 13:01
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本日はお釈迦様が悟りを開いた日。ブッダガヤの菩提樹の下で瞑想を続けていたお釈迦様は、明けの明星の輝くころ、ついに悟りを開かれた。この写真は常光寺早朝坐禅でかざられたお釈迦様で悟りを開かれた時の像である。釈迦35歳。
さてこの早朝坐禅も来年4月で10周年を迎える。スタート時は5,6名であったが今は今朝の寒さ厳しい中でも22名の参加があった。その中で人のご縁もつながった。10周年にはご縁のある方が多く集まればいいと思う。

 太陽の塔  Kan  2018年10月28日(日) 14:28
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1970年大阪万博のモニュメント、太陽の塔、50年経過した今も古さを感じない。造形は岡本太郎、縄文文化にヒントを得たという。万博のテーマは「人類の進歩と調和」、岡本はこの「進歩」を疑ったという。今私たちは進歩しているのかという疑問である。わずか2000年の歴史さえ危うい。縄文時代は自然と共存しながら1万年持続した。時代の流行に媚びることなく人間とは、いのちとはの答えを求めた造形と言われている。(ハルカス美術館展示)

 とても印象に残る展示でした。  天誅(忠)組記念館館長  2018年11月1日(木) 12:26 [修正]
昨日、見学してきました。「芸術は呪術だ」というコメントが、ピッタリだと思いました。山田花子や山田太郎のように、極めて分かりやすいお名前ですが、人とはこんなに違うという、才能というものの幅広さを感じました。

 自然との共存  Hiromi  2018年12月7日(金) 23:15 [修正]
「太陽の塔」に書いておられる内容、「縄文時代は自然と共存しながら一万年持続した」とありました。このお言葉である出来事が浮かびました。それは橋の衝突事故です。

周防大島は橋の衝突事故で、40日の断水を経験しました。また、36日間橋の片側交互通行でした。更に強風による橋の通行止めを14回経験し、誰もが水と風で苦痛を感じました。
暫くするとこの苦痛について、自然の恩恵だと云うのに、おかしな話ではないのだろうか。本来なれば感謝のはず。と考えはじめました。そして先人先輩方の努力があるのに、生活の利便性を当たり前としか考えず、自然の恩恵までも感謝出来なくなっている。と考えるようになりました。そのような考えに行き着いた時、夜間、強風による通行止め3時間超を体験しました。帰宅はもちろん深夜です。ですが、深夜になったにも関わらず、安心があったのです。帰宅できた事はとても有り難かったし、全てが自然だから従うのみ。と思え、逆に体験できた事で学びを頂けた。と感謝と喜びがありました。

私達はライフラインに支障が生じると、復旧に必死となります。それは、利便性に慣れすぎてしまったからでもあります。
すべては当たり前でない。そこには与えられた恩恵だけが有る。そう考えれば、ライフラインの支障に苦痛を伴う事はない。
今の私達は、利便性に振り回され、苦痛を感じ、肉体的精神的疲労を作り出しているのかもしれませんね。それゆえ「一万年持続した」と云うお言葉に共感できる自分がいました。
太陽の塔について、知識がなかったのですが、今回の断水などの経験が、自分には印象的な捉え方に切り替えられました。有り難うございました。

オ―ストリアのチロル地方は、自然共存の里として有名です。以前TVで、200年前に造られた山からの水路を使用しており、その水路は昔ながらに切り倒した木の板で造られており、その板は定期的に、里の人々が共同で交換している。と放送されました。
水路からの水を畑に引くには、土を掘って小さな水路を作って、畑に水を入れている。水を止める時も土です。日本の水路はコンクリートで固められている。コンクリートで固められる事で、本来の水の流れが変わってしまう事は考慮されていない。だから水みちが変わり、下手すれば土砂崩れになることもある。(私の実家で実際起こった事です)

今の社会は、利便性が当たり前でしか物事を考えられなくなっていると感じます。もっと歴史を知り、当たり前は存在していない。と気付く事が大切なのかもしれません。そして自然と共存することが、人間らしい生き方なのかもしれません。



 高安の里の秋・紅葉  あ  2018年12月4日(火) 10:19
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 台風21号の被害や、復旧状態を見ながら里山散策をしているうちに、里はすっかり秋景色になっていた。服部川にて。

 第5回宝島セミナー開催される  Kan  2018年12月2日(日) 20:30
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宝島セミナーは今年度5回を企画。その最終回が12/1の夜、八尾市生涯学習センターで開かれた。テーマは「学校はがんばっています」。講師は校長先生。学校の先生方が日頃いかに頑張っておられるかがよく分かった。道徳の基本はちがいを認め合いながら理想のあり方を対話し考えていくこと、そして具体的な実践につなげる、努力している人を見える化していくと理解した。学校で子どもたちが学んでいる道徳は実は大人のテーマでもある。学校と地域が一体になる、そのためには私たちが学校に関心を持つことからスタートできそうだ。

 先生のご苦労を思う  ikekazu  2018年12月3日(月) 10:47 [修正]
 お話をお聴きしていてまず思ったのは、今の先生は大変だなあであった。道徳の授業では、「答えを持っているが、答えは出さず、その答えに児童を導いていく」と仰ったからである。つまり、会津の什の掟のように、「ならぬものはならぬのです」と言うように、一方的に教えるのではないのである。

 その理由の一つは、答えは一つではないという現代社会の複雑さがあるからに違いない。そこで浮かんできたのは、道徳教育(授業)は「コ−チング」に似ているのではないか?と。コ−チングの3つの基本は「双方向性」「現在進行形」「個別対応」だといわれる。

 私は(一方的に)教える人、君はそれを聴いて実行する人 というような一方通行ではなく、お互いが意見を出し合って、そういう考えもある、それもそうだね それは何故だろう と意見を交わし(双方向性)ながら、正しい方向へと自ら気づき進んでいくことだと思われる。

 工夫と忍耐が求められる先生方に”ご苦労様ですが何卒よろしくお願いします”とエ−ルを送りたい。

 ユニセフ・ハンドインハンド  kan  2018年12月2日(日) 20:48
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12月2日、13時より1時間「第40回ユニセフハンドインハンド」ユニセフ募金活動がアリオ八尾前で催された。ボーイスカウトの子どもたちを中心に呼びかけの声が師走の街に響いた。八尾ニューモラルはほぼ最初からこの活動に参加してきたが今年から「募金を入れに行く活動」に切り替えた。お金を子どもたちが持つボックスに入れた時、子どもたちの表情は嬉しさにあふれる。子どもたちが大きくなって募金活動を見かけた時もその嬉しさは甦るに違いない。

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