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 いのちの落語家  Kan  2019年7月9日(火) 18:58
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 6/29、友人に誘われてがん患者とそのご家族が集まる会に参加した。メインゲストは、いのちの落語家 樋口強さん。企業人として新事業企画で頑張っていた43歳の時、3年生存率5%のがんに出合う。その後約20年、「笑いは最高の抗がん剤」を信条に講演活動、そして毎年いのちの落語独演会をがん患者とその家族だけを対象に開催。
 
 今も完治したわけではない。強度の副作用で足裏の感覚がない中で右足を出す左足を出すと考えながら歩いているという。樋口さんの語りはがん患者であるかどうかではなく一人の人間に迫ってくる。この時間は、自分の心に正直に向き合う時間に、そして皆さんが持っている力を引き出すヒントになればと思う。がんになった時「どうして私が」と思う。そこからスタートして2つ目のいのちが始まるのです。そうか私なりの生き方があるなあと気づく、自分の心と向き合う時間が楽しみになる。やがてがんに出合ったからこそ健康な人生が歩めていることを発見する。
 
 私はこうして自分の人生を楽しくしています。楽しいことや嬉しくなることを自分で用意する。自分が楽しいことを5点あげてください。抽象的な内容が並ぶでしょう。それをもっともっとブラシアップ、具体的に表現してください。その5つのことがあなたを元気に笑顔にしていきます。時々その5つは見直してください。5つに絞ってください。つかむ勇気、手放す勇気が大切です。

 体調のことがあるので奥様が同行されていた。その奥さんから結婚記念日にもらった言葉を紹介された。私たち夫婦とかけて治りかけのインフルエンザととく。その心は、熱は取れたがせきは抜けない。

 華がある  ikekazu  2019年7月8日(月) 11:42
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「あの人は華がある」という言葉が好きである。どういう人を「華がある」と言うのであろうかと以前から自分なりに考えていた。

 吉行淳之助(大正13年〜平成5年)という作家がいた。「おせいさん」こと田辺聖子さんの「楽老抄」を読んでいたら、次の様な思い出話が載って居た。 おせいさんはある時期「週刊文春」に連載していたエッセ−に「中年かるた」を書いておられた由。それをカルタに作って友人知己に還暦のしるしに配られたのだが、ついでに、大先輩の吉行さんにもお送りしたそうな。

 後日、吉行さんから大きめの封筒がおせいさんに送られて来た。端っこが破れていて、中には使いかけ赤鉛筆と赤いマグネットボタンが無造作に入れてあった。手紙には「あなたが還暦とのこと、かるた有難く拝受、何かお祝いを、と思いまして身辺の赤いものをとりあえず、・・・」と言うような文面であった。

 吉行さんは男性にも女性にも大いに持てたそうだが、私は上の文章を読んで、それも宜なるかなと心底思った。粋なのである、他のものが真似が出来ないのである。私は吉行さんの様な粋な方を「華がある」と言うのではないかと思った。

 「矛盾」ということについて考えるA  ikekazu  2019年7月7日(日) 9:41
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 今回は靖国神社についての続きですが、先ずその歴史を簡単に振り返ってみたいと思います。

・文久3(1863)年、長州藩で結成された騎兵隊士の霊を弔う為に、高杉晋作が招魂社造営を発議。
・慶応3(1867)年10月、薩長両藩に密勅(なるもの)が下る。
・明治元(1868)年1月、鳥羽伏見の戦い、戊辰戦争始まる。朝廷軍が錦旗を掲げて江戸に向かう。ここにおいて、徳川幕府・東軍は賊軍となる。戊辰戦争後に、官軍(薩長土肥)将校の招魂祭を江戸城で行う。日本陸軍創始者・大村益次郎が、明治天皇へ東京招魂社の創建を献策。

・明治2(1869)年、東京招魂社仮殿舎創建、戊辰戦争の戦没者3,588柱を合祀。
・明治12(1879)年、靖国神社に改名。
・昭和21(1946)年9月、国家神道を廃止し宗教法人になる(それまでは陸軍の管轄)
・昭和53(1978)年、A級戦犯合祀。
・令和元(2019)年、創立150周年。

 ちなみに、明治天皇が命名された「靖国」という社号は「国を靖(安)んずる」という意味で、靖国神社には「祖国を平安にする」「平和な国家を建設する」という願いが込められています。

 さて、西郷隆盛や東国の士が靖国に祀られていないことが、許される矛盾か、許されない矛盾か、私なりの結論は次回に。

 旅の企画  ken  2019年7月4日(木) 11:09  HP Mail
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2020年度、旅のスケッチを計画する時期となりました。各家庭に置かれても来年のお正月どうする、旅行はどこに行く。この会話が出始めていると思います。移動は飛行機、JR、ホテルは?。コスト安を考えた場合PC,スマホ利用が必然、利用できない方は旅行会社の企画旅行に頼る。旅行会社ではフリープランが少なく我々のようなスケッチクラブでは目的が決まつていますので観光、料理、温泉、良いホテル不要です。普通で良いのです。大手のフリープラン調査も楽しいですが、時間要です。
奈良公園、滋賀県三井寺、京都植物園

 三井寺(別名園城寺)  ikekazu  2019年7月4日(木) 22:44 [修正]
 三井寺へ行かれたのですね、私の故郷・近江の。近江と言えば「近江八景」が有名ですが、三井寺はその一つ「三井の晩鐘」として広く知られています。梵鐘の素晴らしい響きは、日本三名鐘や日本の音風景百選にも選ばれているのです。

「行春を近江の人とおしみける」と、近江と近江の人をこよなく愛でた松尾芭蕉は、「三井寺の門をたたかばやけふの月」と詠っており、三井寺の名月も又古より人々に知られていたようです。

   ken  2019年7月5日(金) 8:38  HP Mail [修正]
SSCの展示会を9月に開催いたします。
10周年記念となりました。
日時:9月6日(金)〜10日(火)11:00から18:00
場所:伏見大手筋ギャラリー
kanさんと一緒に来てください。 

 おせいさん逝く  ikekazu  2019年7月4日(木) 9:36
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 若い時には、7,80歳ともなれば、子供も独立、仕事も卒業、従って、何の心配事もなく 好々爺然として 縁側でキセル煙草をふかしながら、悠々と日向ぼっこを楽しむ姿を想像していた。

 現実はどうか。相変わらず悩みや心配事は尽きず、時として気分が落ち込み、場合によってはかっかとし、とてもじゃないがニコニコ然とはいかない。 そんな時私の沈んだ気分を引き上げてくれるものは、@動物写真のフェルアルバム(私家版)とララ、A読者投稿の川柳や明るい庶民生活の話、Bこれからの季節、少々行儀の悪い(失礼)河内音頭(踊り)は観るだけで元気を貰える。

 今日そこに付け加えようと思ったのが、田辺聖子さんの「楽老抄(ゆめのしずく)」の1冊である。兎に角面白くて楽しい。ちりばめられた大阪弁が人生の機微を教えてくれる。大阪弁で気分がハイになるから不思議。(おせいさんが亡くなられたと知ると彼女の物が何故か読みたくなり、昨日図書館から借りてきた)。 大阪弁では恋愛小説は書けないと言われ、おせいさんは「そんなら大阪人は恋愛の時は標準語で話すんかいな!」と反論したとの逸話も頷ける。

 二つ三つ挙げてみよう。「60過ぎたら、そんな肩こること、やめ、ちゅうねん」「今日びの女(きょうびとはこう書くとのかと知る)。「私も夫にグチをいう。夫は『そやからワシにどないせえ、ちゅうんじゃ』」 夫とは「カモカのおっちゃん」で登場する故・川野純夫医師。 

 お二人は、あの世とやらで、「えらい久しぶりやんか ホナ飲もか」と酌み交わしていることだろう。

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