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 皇位継承  ikekazu  2019年10月28日(月) 9:45
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 今から26年も前の話。私は会社創立35周年記念慰安旅行の幹事を仰せつかった。例年は各部、各支店で催していたのを、記念の事もあり全社で行くことにした。何しろ、国内だけでも、大阪(本社)、東京、津、帯広、鳥取、海外組は、米国、香港、星港、広州とあり、これらを松島に集めるのだからもう大変。ちなみに、2日目からは、@岩手、A山県、B福島行きの3組に分かれての二泊三日の旅であった。

 気を使ったのが、本社組の飛行機便の事である。社長と専務の搭乗する飛行機を分けた。理由は簡単、同じ飛行機の場合、万が一の事故の場合、トップ1と2を失う恐れを避ける為であった。では、何故この様な話をしたか?

 秋篠宮ご一家が今夏ブ−タンを訪問された。8月秋篠宮の長男悠仁様を乗せた飛行機が到着、母・紀子様と共に王族に迎えられた。遅れること20分、別の飛行機から秋篠宮が降りられた。述べるまでもないが、秋篠宮は皇位継承順位1位、悠仁様は第2位で、大切なそれは大切な男性皇族である。

 宮内庁は、これは飛行機事故などの、万が一のリスクを避けようという熟慮の結果だったと明かしている様だが、それはもう当然の事であろう。吹けば飛ぶような中小企業でも、上述の如く、社長と専務の乗る飛行機を分けたのだ。皇位継承についての議論が頓挫している現在、秋篠宮家のお二人にもしものことがあれば、泣くに泣けないのだから。

 絵の世界に  ken  2019年10月25日(金) 14:50  HP Mail
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絵の世界に入った理由:何気なく描いたペン画が妻の目にとまり、その意見がキッカケで絵を描き始める。2001年9月作、今もその絵を毎日見ています。
絵を始めたkenの原点、良い想い出です。
10年前からのつたない絵も多くその時、あの時の自らの経験したものであり楽しくもあります。想いでをblogに記録している途中、喜びを思い出されることが多く今でも笑いが出て顔がほころびます。
現場スケッチの時々の考え感じた事を紙面の平面に立体的に表現にすることの難しさが逆に楽しくも有り、ついつい走書きしてしまい失敗も多くあります。最近でこそ、ゆったり絵を描き楽しみたいものです。この回想録では、この10年間の絵を1年ごとにUPして行きたく、スケッチポイント等の参考にして頂ければ嬉しく思います。

目標と信念:楽しい生涯で小さな健康を求め多くの仲間作りを目標にしています。今はおにぎり持参で水彩画にドップリ浸かって進みたい。一人で行くのも良し、仲間と行くのが更に楽しい。
この楽しい時間を利用させていただき、信念を曲げたくない理由に現場での風景スケッチ、自然が好きなんです。
SSCは教室の無い絵画クラブ、平面から立体に変化することの楽しさを会員皆様にもっと知っていただきたくクラブを設けました。
線の遠近、色彩の遠近、空気の遠近、プラス補色の利用、いざ本番、外に出かけ自分の思うように今だに描けません。
さあ森へ、街へ出かけましょう。
自然の風景を描きましょう。
1:想いで2001制作ペン画
2:JR蓬莱駅周辺(右下)
3:出町柳周辺(左上)
4:美山かやぶきの里

 懐かしいものに  ikekazu  2019年10月27日(日) 0:52 [修正]
 懐かしいものに出合いました。それはkenさんの今を位置付けることになった、1.の「想いで2001制作ペン画」です。何時お目に掛かったかと日記をめくる事15分、ありました。それは、平成20(2008)年4月26日でした。

 この日の午前、1か月後の「プラン八尾市周辺の会春の例会」の下見にkan(kenさんとお間違いの無い様に)さんと伏見へ行ったのです。寺田屋→伏見港公園→三栖閘門→住倉了以の碑をみて、川沿いを歩いていた時、ばったりとkenさんに出会ったのでした。氏の誘いを受け、弁当を購入して氏のマンションを訪問、一緒に食事をしながら、このペン画のエピソ−ドをお聴きしたのでした。それから早や11年の月日が流れたのですね。kenさんにとってはもう宝物以上のものではないでしょうか。

 今年のプロ野球  ikekazu  2019年10月25日(金) 10:46
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 ソフトバンクと巨人の頂上決戦は、なんとソフトバンクの4連勝で幕を閉じた。まるで横綱と幕下の戦いみたいと感じたのは私だけだろうか。又、実力は完全にパシフイックが上である事を見せつけられた今年1年だった。

 巨人のリ−グ優勝は丸選手に負うところが大であった(補強成功)。もし丸が広島に残っていたら、恐らく広島がリ−グ優勝を果たしていたであろう。しかしその丸が日本シリ−ズでは二番の坂本と共に絶不調とくれば、ソフトバンクには勝てない。最も、レギュラシ−ズンには強いが、短期決戦に弱い大選手はいつの時代にも存在したが。

 チ−ムを強くする方法を、ソフトバンクや広島が教えてくれている。それは「急がば回れ」である。時間を惜しまず自前の選手を粘り強く育成するにありと。良い選手を引き抜いての補強は一時しのぎと知るべし。

 阪神は良く戦った。いざという時に「借りてきた猫」になる”虎”が、終盤に6連勝、最終戦勝利で3位が決定、CS進出を果たした。この粘り強さは褒めねばなるまい。来期は真の4番打者に育った大山選手と、見事に復活した藤浪選手が見られますように。リ−グ戦は3位に終わったが、12球団トップの観客を集めた虎である、球団が選手に奮発してくれることを願って結びとしたい。半年間お疲れ様でした。 来年こそは・・・(虎の保護者)

 銭湯の今昔  ikekazu  2019年10月23日(水) 22:59
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 外国のことは知らないが、日本人は風呂好きだと言われる。被災された方々へのインタビュ−で、”何に不自由されていますか”と問われ、食糧、電気、水、トイレ等に加え「風呂に入れ無い事」があった。先日も”4日間も風呂に入れてないから辛い”と訴えられていて、入浴をごくごく当たり前のこととしている自分を大いに反省しました。

 さて、銭湯は、公衆浴場法に規定された施設。その役割は1981年制定の「公衆浴場確保特別措置法」の第1条に「公衆浴場が住民の日常生活において欠くことの出来ない施設であるとともに、住民の健康の増進等に関し重要な役割を担っている」と記されているそうだ。如何に国が、入浴が人々の心身に好影響をもたらすに止まらず、衛生面に於いても大切な役目を果たしているかを意識していたかが伺える。

 それが証拠に、入浴料金が、戦後変わらず物価統制令に基づき都道府県知事が指定する(未だ物価統制令が生きているのだ!)ことになっていることからも明らかであろう。 しかし公衆浴場がどんどん減っているそうだ。理由は明快。内風呂率が95%を超え、銭湯経営は苦戦を強いられているのだ。銭湯数は、ピ−クの17,999(’68)が今や2,204 実に1/8までに減少している。参考までに入浴料は、東京470円、大阪450円らしい。 ’68年当時の入浴料金は32円。私が大阪へ出てきた頃は15,6円だったと記憶している。

 万葉植物から見る今のくらし  Kan  2019年10月23日(水) 16:41
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10/22恩智の茶吉庵(ちゃきちあん)で上記テーマのお話があった。万葉植物研究家尾上さんは自然風土の中で五感を大切に日々を過ごしておられる。万葉植物とは万葉集に詠まれた植物のことであるが、全体が4516首中、1540首(約1/3)で植物が詠まれている。種で言うと160種にのぼる。植物の用途は衣料、食用、染料、薬用、ハーブ、工芸建築材料、観賞など多岐にわたる。今回はそのうちの34種について歌と花映像で解説。この時代、日本人がいかに自然とともに暮らしていたかがうかがえる。写真は講師が野の草を摘んで作った料理。万葉集が身近になった。

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