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 長所は短所に、短所は長所に  ikekazu  2018年8月26日(日) 18:00
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 長所は短所に、短所は長所に為り得る、含んでいると自覚できれば、「奢り」や「自虐」といった行き過ぎは随分と減るのではないでしょうか。

 日本人の持つ性格の一つに「含羞」があります。広辞苑では「はじらい」「はにかみ」と説明されており、何とも綺麗な言葉ですよね。この含羞にしたって長所にも短所にも働くのではないでしょうか。

”そんな恥ずかしいこと”と感じやすい性格が私達の行動を制限している例に、@家族同士で朝の挨拶が出来ない。A夫や妻が相手に「愛している」という習慣がない。B親がわが子に教育出来ない。Cわが子に向かって「親に孝行せよ」と言い辛い(他人の子どには言えても)

 昨夜の集まりでの70代後半の講師の話。以前男同士5人が議論し、自分の妻を呼ぶとき、○○さんと名前に”さん”を付けて呼ぶようにしようと決めたとのこと。恥ずかしくてなかなか実行できなかったが習慣づけができるようになった今は、抵抗もなく”春子さん”と呼べるそうです。 拍手!

 余談乍ら、今では変わったと思いますが、私の故郷では、家に迎えたお嫁さんに、姑は”慶子”と呼び捨てにするのがあたりまえでした。嫁いできたことで我が子になった、わが子には敬称はつけないが理由でした。実母にさえ”慶子ちゃん”と呼ばれていた身には、随分と抵抗感があった事でしょう。

 自分の頭で考える  ikekazu  2018年8月24日(金) 20:56
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”今更何を”と言われるだろうが、80年近くを過ごしてきて漸く分かったのは、物事の是非や正否は、自分の頭で考え、自分が判断し、その責は自分が負うべきだという事がである。(勿論周りの意見は大いに参考とすべき)

 先達て「歴史に学ぶ」と「歴史を学ぶ」について書きました。@私は当初その違いが分からなかった。Aその後「歴史に学ぶ」ことの意味が分かりました と。

 処が異論が出てきました。日本史学者の呉座勇一さんによれば、「歴史に学ぶ」ではなく「歴史を学ぶ」が重要であると。理由は、歴史に学ぶが、根拠の乏しいままに書かれた物語に基づいて教訓を得ることを意味するなら止めたほうが良いと。何故なら歴史的事実は、常に覆され、更新されていく可能性をはらむからであると。

 例えば、太平洋戦争において、小(源氏)が大(平氏)を破ったとされる、源義経が一の谷で見せた「鵯越えの逆落とし=奇襲戦法」を採用したこと。真珠湾攻撃では大きな戦果を挙げたがその後は全て失敗。実は鵯越えは後の研究で創作と考えられているらしい。

 そう言われれば、最後は「神風が吹く」と国民は信じていた先の大戦。しかし「文永の役」も「弘安の役」も、実は神風(台風)が来る前に敵が撤退していたと聞いた覚えがある。

 歴史とはそう単純なものではなさそうである。

 宇宙飛行士 山崎直子  Kan  2018年8月23日(木) 14:17
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8月22日宇宙飛行士山崎直子さんの講演が茨木の立命館大学であった。テーマは「宇宙、ひと、いのちをつなぐ」。印象に残った内容を紹介したい。「宇宙へ行って最も感動したこと、それは地球に帰還した時の景色です。そよぐ風、緑の草木、この普通の景色こそ最も美しいと感じました」「宇宙船の中では水も空気も再生しながら使っています。地球は水の惑星とも言われますが、地球上にある水の量は意外と少ないものです。しかも淡水は総量の3%もありません。あわせて地球の表面にある空気層、これもとても薄いものです。その薄い層の中で雲ができ台風ができているわけですが、いのちの源、水と空気を大切にしたいです。」(写真はウィキペディアより)

 日本の宇宙ステーションを見よう(大阪にて)  Kan  2018年8月24日(金) 15:20 [修正]
日本の宇宙ステーションを肉眼で見てみよう。8/29(水)早朝4時29分から見られるかも。南西の空から北東に移動する。山崎さんから大阪の皆さんへのご案内でした。星がゆっくり移動しているイメージ。

 「秋の気配」  KEIKO  2018年8月23日(木) 14:36
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イヌタデと赤トンボ、愛らしい野の花、イヌタデ(犬蓼)は紅色の小花穂状に沢山の花をつけます。お散歩をしますと道端で見かけますよ。 花言葉は “お役に立ちたい“だそうです。

 母の気持ちは?  ikekazu  2018年8月22日(水) 23:34
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 長兄が生まれたのは昭和12年、日華事変が勃発し空が曇りかけてきた頃。私は昭和15年、日独伊三国同盟が成立し、戦争への道を走り出しそうで、空がほぼ雲に覆われた時期。三男は昭和22年生まれで、戦争が終わり、現日本国憲法施行、教育基本法が公布。疲弊していたが空は晴れていた頃といえようか。

 私達兄弟が生まれた時の母の気持ちはどうだっただろうか。母は農婦としての重労働に加え、姑に仕える嫁、父の妻、私達の母親として多忙を極め、国の将来を考える暇もないほどだったのではないかと、私は推測する。

 歌手の加藤登紀子さんの母上は、昭和18(1943)年生まれの彼女に「ちょうどいい時に生まれたわね」と言ってくれたよし。「あんたが居てくれたから頑張れた」と。

 私の母の気持ちを訊く術はないが、私は自分はいい時に生まれたと心底思っている。以前にも述べているので重複するが、その訳は ・戦争の匂いを知っている。 ・敗戦後の困難=物不足を経験している。 ・再度坂の上の雲を目指した時から働き始めた。 ・右肩上がりの時代が現役(後半にバブルがはじけたが) ・年金が頂けて、皆保険制度に守られながら、自由に発言できる環境の中で生かされている。

 掛かりつけ医との会話。先生曰く「地球温暖化で自然界に大きな変動が起こりそう。人口減=労働力不足等で国力の衰退が来そうで孫の将来が心配です」と。私達世代の人間が一番幸せだったという時代が来るのだろうか。来ないことを願っている。

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