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 高安の里の秋・柿  あ  2018年11月20日(火) 11:46
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 秋深まるこの季節の散策、不思議に思うことがある。この画像もそのひとつ。前にも書いたことがあるが柿の木に実がいっぱいなっているのに鳥も人も誰も採らない。ハイキング道では長い竿をもって吊るし柿用にと採っている人もいるのに。ここは、塀に囲まれているとはいえ、荒地で、街中だというのに。玉串にて。

 赦す@  ikekazu  2018年11月18日(日) 15:58
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 本当の和解は赦すことでしか成り立たない。しかし赦すことの難しさを認めざるを得ない。それが正直なところではなかろうか。「言うは易しされど行うは難し」の代表格のような気がする。 2例を挙げてみたい。

 渡辺和子さんは戦時下にカトリックに入信し、修道院生活にも入り、戦後はシスタ−としての人生を送った。晩年に上梓したエッセイ集「置かれた場所で咲きなさい」でその名を知る人が多いのではないか。氏の父上は、2・26事件で凶弾に倒れた渡辺錠太郎教育総監で、9歳の時その現場にいた。

 彼女がノンフィックション作家保坂正康さんのインタビュ−を受けた時の内容を抜粋する(昭和の怪物 七つの謎・保坂正康)から。保坂「赦しの心をどのように持つべきでしょうか?」 渡辺「私たちの心の中に争いの種はあります。それは人間の性と言ってもいいでしょう。 −中略− ではどうすればいいか、私は自分の世界の中だけでもいいですから、出来るだけ人を赦して笑顔で過ごしているのです」 保坂「お父上の命を奪った人間が悪いのではない、もっと大きな構図があり、その中で事件が起こったということでしょうか。そのような考えに達していることになるのでしょうか」 渡辺「2・26事件は、私にとって赦しの対象からは外れています」ときっぱり答えたのである。

「汝の敵を愛せよ」と説くキリスト教の信者、「出来るだけ赦して笑顔で過ごしているのです」と答える敬虔なクリスチャンにして、2・26事件の首謀者(青年将校や兵士ではなく、彼らを操った人物)を、生涯赦せなかったのである。

 芸術の門外漢の私  ikekazu  2018年11月15日(木) 21:56
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 @2012年5月2日夜7時半に、競売人によるスタ−ト価格「4千万ドル」の掛け声で始まった1枚の絵が、12分後に1億2千万ドル(当時の為替で約100億円)で落札されたのは、ノルウエ−の画家・ムンクの「叫び」である。しかし私はこの絵の「何処が良いのか」さっぱりわからないでいた。

 A今51歳になる長男が3歳の時、家族で大阪万博を見に行った。大阪万博のシンボルは何といっても岡本太郎の「太陽の塔」だろう。しかし私はこれを見たとき、正直「これは何なんだ」と思った。

 さて、最近「西洋美術史」の著者である木村泰司さんの記事をみた。氏によれば「名画は見るものではなく、読むもの」だそうだ。名画を正しく理解するには、絵の中に隠された意味や背景にある歴史や宗教に関する知識が不可欠らしい。その説に従って上述の2点を見てみよう。

 @ムンクが書き残した日記に、「読書する人や編み物をする女のいる室内画を、もう描いてはならない。呼吸し、感じ、苦悩し、愛する、生き生きとした人間を描くのだ」。 解説で、ムンクが美術史で重要とされるのは、個人の感情をいやというほど表出したからに他ならない。

 A岡本太郎は、太陽の塔を制作するに当たり、「優等生の答案みたいなものを作っても仕様がない。日本人に欠けているものはベラボウさだ。スットン狂にぬけぬけした魅力を発揮したい」と。

 背景を知り両者の良さが少しわかってきた気がする(芸術とは縁遠い私は今)

 高安の里・寒椿の花  あ  2018年11月13日(火) 19:40
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 立冬も過ぎ、里山の今年の紅葉はどうだろうか、と思いながらの散策、そんな時、郡川の法蔵寺境内に寒椿が咲いていた。

 「心のキャッチボール」表彰式  Kan  2018年11月12日(月) 15:18
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11/11八尾市生涯学習センターにおいて第6回「心のキャッチボール」表彰式が開催された。八尾市の小学生991組からの応募があり審査の結果その中から22組の作品が選出された。会場では市長、教育長、学校の先生方、そして保護者の方々参列の中、受賞者による作品朗読があり、朗読を聞きながら感動で目を潤ませる方も多く見られた。受賞者へのエールを込めて八尾中学校吹奏楽部の演奏参加もあり総参加者数168名にのぼった。終了後、会場を出る参加者の皆さんの笑顔が印象的だった。

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