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 「天災と国防」B  ikekazu  2020年3月28日(土) 21:44
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 また怖いのは、デマも瞬く間に世界に広がることである。豪州でも、すでに買い物かご一杯にトイレットペ−パを買った60代の女性と、まだ一箱も買えていない20代の女性が、最後の一箱をめぐり取っ組み合いになり警察沙汰になったと。人間の本姓丸出しで、あさましくもおぞましい。

 このようなニュ−スを目にすると、文明・文化の発達とはいったい何ぞやと思ってしまう。同時に「歴史に学ぶ」ことの難しさを、今回も学ぶことになった様だ。

 101年前のスペイン風邪では、クレマンソ−仏首相、ウイルソン米大統領、ロイド・ジョ−ジ英首相も挙って発病し、ウイルソンは精神的にダウンし、ロイド・ジョ−ジは、行動の素早さや度量の広さが消え去ったといわれる。最近の報道では、ジョンソン英首相がコロナに感染、メルケル独首相が隔離生活を送っているという。各国トップの感染、感染の場合の精神的ダメ−ジや判断力の衰えにつながらないかも心配である。

 「天災と国防」の一部抜粋。「文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心が生じた。そうして、重力に逆らい、風圧推力に抗するような色々の造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めた積りになっていると、どうかした拍子に檻を破った猛獣の大群の様に、自然が暴れだして高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊させ人命を危うくし財産を滅ぼす」

 コロナは正に檻を破った猛獣の大群ではなかろうか。

 4月よりスケッチ例会再開です。  ken  2020年3月24日(火) 10:42  HP Mail
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当初は4月上旬にスケッチ旅3泊4日を計画を中止したことにより4月前半のスケジュールに穴が空き桜のシーズンが会員皆様と一緒できない為、臨時スケッチ会2回程計画予定です。
連絡方法はメール、プラスLINE、プラスblogにて。私の地元、伏見疎水の桜と京都で人気ランキング1番の八幡背割り堤の桜の計画。喜んで頂けるかな。
桜祭りがコロナの為中止にてトイレ心配ある為3月23日下見行く。ハガキサイズ1枚スケッチ。

 作者に見えている世界  Kan  2020年3月27日(金) 10:15 [修正]
景色を絵と写真で見せていただけると、そうか絵はこのようにして絵になるのだと感じました。見えたままではなく作者の感性で見ていることがよくわかりました。

 似ています  ikekazu  2020年3月27日(金) 10:53 [修正]
 写真を見て思い出しました。子供時代の私の田舎の風景(堤防)に似ているんです。昭和20年代の終わり頃、花菱アチャコ、浪花千栄子さんが映画の撮影で来たんですよ。

 まり子さんの訃報  ikekazu  2020年3月25日(水) 21:32
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「紅い夕陽が ガ−ドを染めて ビルの向こうに 沈んだら 街にゃネオンの 花が咲く 俺ら貧しい 靴みがき ああ夜になっても 帰れない」

 終戦後10年、ネオン輝く街中は復興を遂げつつあり、喧騒の中を人々は忙しく行き交う。しかし片隅ではまだ戦時色が漂っていた。父親を戦争で失い、母親は病気で臥せっている状況で、遊び盛りの少年は、今日を生きるために懸命に働かねばならなかった。母親を助けるために僅かばかりの手間賃を求めて。

 田舎で、そのような風景を描きながら、高校生の私が最も口遊んだのが冒頭の歌である。タイトルは「ガ−ド下の靴みがき」1955(昭和30)年の宮城まり子さんの歌である。ここ何十年来歌など覚えられなくなったが、当時は2〜3日で完全に覚えて歌えたことも懐かしい。少し舌足らずで物悲しく歌う宮城まり子さんが好きだった。女優としても頑張っておられたが、知的障がい者との接点がきっかけで転身、私財を投げ打って、日本の肢体不自由児養護施設の先駆けとなった「ねむの木学園」を創設された。

 上皇・上皇后さまと40年以上にわたる交流があり、東宮御所に招待されたり、逆に上皇后さまが「ねむの木学園」を訪れる関係であったことでも知られていた。宮城まり子さんが21日、93年の生涯を閉じられた。合掌。

 学校いじめ問題の側面  エスペラント  2020年3月22日(日) 23:20
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 この世から「いじめ」と「ウイルス」の一掃は至難である。とは言え人類が生存する限り避けて通れない課題であり、日頃の気遣いが求められる。遮断と免疫にである。しかし一時的な遮断は可能でも、共存には互いの免疫力を高め合うしかない。免疫力とは排除ではなく多様性を認め合う能力である。「いじめ」に免疫力を付けるとは、家庭の躾や学校教育(道徳教育)で知・情・意を培い、教師と生徒・教師間・生徒間に良好な人間関係をめざして常識やモラルを育てることである。それには学校・家庭・生徒間の民主的でオープンな対話が欠かせない。教育とは、大学受験に合格させ上場企業をめざすといった手段ではなく、生徒が将来に渡り、楽しく豊かで幸せな人生を送くれるように自立させる行為である。その意味では生徒の精神に影響を与える教育者の親心(慈悲の心)といった品性の陶冶も求められよう。また免疫力を高めるには教育界の在り方にも工夫が求められる。教師は大学で学業を積み、学校という職場に移るが、教わる立場から教える立場に代わるだけで、環境変化の少ない職業である。しかも教室では一国一城の主となる。社会の多様性が見えにくい閉回路になっている。これを克服するため、英国では教室の授業は他から常に見えるレイアウトになっており、地域社会への学校の開放も進んでいる。クラブ活動は学年を超えた編成で地域の指導者に委ね、ユニークな活動や校長の指導方針は地方紙で市民に報道されている。生徒の家庭内問題が成績に影響してる場合には、担任が校長に報告すると、すぐに校長が生徒の両親に適切な指導をすることもできる。校長になるには教育界から推薦された複数の候補者から教師・職員・PTA等の代表者で選ばれる仕組みであり、もしも男女の候補者の得票数が同数ならば女性候補者が、白人と黒人の候補者の得票数が同数ならば黒人が校長に選ばれる。多様性の共存への配慮と言えよう。日本のような塾もなく、生徒は図書館や家庭で復習と予習に勤しむ。教師は教科に専念でき、日本よりゆとりある勤務になっている。各教師に課せられた教育課題も古くなったものからスクラップ・アンド・ビルドされ課題を長期間抱え込まない。教師は時間のゆとりを得ることで、生徒との交流に余裕を持って接し得る。互いの人格形成には余裕も必要であり、日本の働き方改革でも一考を要する課題でもある。ギクシャクした環境では「いじめ」は消えないだろう。


 「天災と国防」A  ikekazu  2020年3月22日(日) 20:34
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 余談ながら「天災と国防」を著した寺田寅彦は、夏目漱石の「吾輩は猫である」に登場の理学士・水島寒月と「三四郎」での、理科大学の穴倉で光線の圧力の研究をしている・野々宮宗八のモデルと言われる。漱石は寅彦の英語の先生であり、寅彦は漱石の門下生であったが、漱石は寅彦を友人として扱っていたという。その才能に一目置いていたのだろう。

 寅彦が「天災と国防」を出したのが昭和9年11月で、内容は「天然の暴威による災害・・・・」とあり、今回の新型コロナウイルスのような場合も想定していたかは定かではない(ちなみに、東京五輪組織委員会は、今回の感染症は、「公衆衛生による緊急事態」に色分けしている)のだが、その論調は示唆に富んでいるように私には思える。

 文明の発達(交通や通信)により、世界が狭く(近くて便利に)なった昨今、大勢の人々が地球を飛び回っている。中国武漢市で発生した新型コロナウイルスはあっという間に世界160国以上に伝播した。日本時間20日午後7時現在で、感染者約24万人、死者10,031人と伝わる。

 日本人の感染者の中にも、中国、スペイン、イタリア、スイス等への旅行者がおられる。逆に海外からの訪日客の中にも感染が疑われる方もおられよう。もし、今が縄文・弥生時代だったら、いやもっと後の鎖国をしていた江戸時代だとしても、恐らくコロナは中国だけで収束していたかもしれない。−続く−

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