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 高安の里の昆虫・とんぼ  あ  2018年7月24日(火) 18:06
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暑い日が続きますが如何でしょうか。網を手にトンボやチョウを追いかけた思い出、虫かごをを持った息子を自転車に乗せて走り回った思い出、そして今はトンボやチョウを見つけると足が止まる。柏原太平寺にて。

 米の今・昔  ikekazu  2018年7月24日(火) 17:15
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 サッカ−W杯ロシア大会で、2ゴ−ルを決めるなど大活躍した乾貴士選手に19日、滋賀県庁で「県民スポ−ツ大賞特別賞」が贈られた。滋賀県の選手だから勿論誇りに思うが、今日は故郷自慢ではない。その時知事から副賞に贈られたのが近江米60キロ(1年分)であった。(1年分)との( )書きに目が留まった。

 私の子供のころ、日本は二つの増産に全力を挙げていた。一つはお米で、もう一つが住宅であった。当時の政府にとって、如何に食住を増産し国民に安心感を与えるかが喫緊の政治課題だったのだ。

 当時、米は国民一人当たり1石が必要だと言われていた。ご参考までに1石=10斗=100升=1000合=2.5俵であり、重さで言えば、1石は150キログラムに当たる。即ち1年で一人当たり150キログラムが必要だったことがわかる 何と1日に2.7合=410グラムも食べていた。

 ところが、その後パン食が入ってきて主食の幅が広がり、副食も豊富になったこともあり、米が食べられなくなった。今は一人当たり米の年間消費量が、60キログラムまでに減り、60数年前の4割に落ち込んでいることが今回の新聞記事から読み取ることができる。

 今はコメも余り、空き家も増え続けているやに聞く。隔世の感あり。

 吉田茂を得たこと  ikekazu  2018年7月22日(日) 16:45
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 時が人を求める。戦後の日本に一人の吉田茂が登場したことの意義は大きい。天が彼を遣わしたと思える。彼とて人間、長所も短所もあろうが、私には彼の魅力がたまらない。 @外交官として蓄えたのであろう外交の要諦を知悉していた。A洗練されたユ−モア。B腹芸ができる。 国のリ−ダとして備えるべき資質を彼は持っていた。

 1951(昭和26)年のサンフランシスコ平和条約締結の1時間後に、日米安全保障条約(旧安保条約)も締結されたのだが、その時の日本側の署名者はなんと首相・吉田茂只一人だった由。理由は、この日米安保条約に対する国民の不満(不人気)を彼は誰よりも知っていた。だから、その責任を他人に負わさせない様に自分一人で担った(被った)のだと、つい最近知った。器の大きさが違う。

 さて、@働き方改革関連法案、A参院定数6増法案 Bカジノ実施法案の三法案が今国会で与党の賛成多数で衆議院を通った。JNNのアンケ−ト調査によれば、@は賛成27%、反対47%、A賛成15%、反対69%、B賛成20%、反対67%と3法案とも世論の圧倒的反対の中での成立である。

 世論は反対でも、この法案は将来の日本にとって大事なものだと、安倍内閣は判断したのだろうか? 冒頭の吉田茂の行動を振り返りながら、そのようなことを考えている。

 幸せについて  ほっこり  2018年7月22日(日) 16:44  Mail
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7/20柏原ニューモラルのつどい(於柏原アゼリア)に参加した。講師は今をときめくK講師、講演は対話型、いわゆるアクティブラーニングで進められ、聴講生41名全員で「幸せ」について考えた。

幸せを直接求めても幸せはやってこない。品性を上げると幸せがついてくる。
幸せ度を上げるには品性向上、道徳の実践に努めること。
今年より小学校で始まった教科「道徳」もモラロジーの教えも目指すところは同じ、「つながり」の学びである。
@本当の自分とつながる(自分を知る)
A相手とつながる(思いやり、人の幸せを祈る)
Bみんなとつながる(故郷、社会、国、世界)
C自然、いのち、大いなるものとのつながり(畏敬)

人生は困難、問題だらけであるが、品性向上・道徳実践に努めていれば、問題に遭遇しても安心して対応できる。
「安心なくして幸せなし」(廣池博士)

 若山牧水  Kan  2018年7月16日(月) 22:08
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7/14 伊丹の白雪で産経歌壇選者・若山牧水記念文学館館長 伊藤一彦氏の講演をお聞きした。テーマは若山牧水「酒と旅と人生」。代表作の一つ。
けふもまた こころの鉦を うち鳴し うち鳴しつつ あくがれていく
また銘酒白雪をめでた歌
津の国の 伊丹の里ゆ はるばると 白雪来る その酒来る

 25年前の思い出  ikekazu  2018年7月17日(火) 12:02 [修正]
 牧水は私の好きな歌人である。今回の若山牧水「酒と旅と人生」短歌セミナ−を楽しみにしていた。彼の数多ある歌の中でも一番好きな一首が「白鳥は哀しからずや 空の青 海のあおにも染まずただよふ」である。

 思いだすに、今から丁度25年前の2月、会社の設立35周年記念慰安旅行の幹事を仰せつかり、下見で日本三景の一つ松島に一泊で赴いた。塩釜から松島へと渡る遊覧船、かもめが低く高く、白の放物線を描きながらいつまでもいつまでも名残を惜しんでくれた。空の青、海の青と鴎の白との絶妙な色合わせ。その時冒頭の一首が頭に浮かび、牧水には恐れ多い事ながら、次の駄作となった。

 「空の青海の青にも 負けじとて 色を添えしか塩釜のかもめ」
 「船を追うかもめよかもめ 塩釜に はぐれず帰れ我は松島」

 講師の話から学んだのは、@短歌は、(情景を写し取るものであって)説明になってはいけない。 A短歌はリズムが大切。 B字あまりは速めて読む、であった。私見乍ら口語体はリズムを作るのには適していないのではなかろうか。私が現代風の短歌に今一つ好きになれないのはリズム感の悪さにあるように思えてならない(愚論だろうが)

 牧水43歳で他界  Kan  2018年7月21日(土) 21:34 [修正]
追悼録に牧水の師匠尾上紫舟の挽歌が掲載されている。

「愛ふかき ちひさき瞳 円き顔 短き髯は 君ならで誰」

「そのかみの 西行芭蕉 良寛の 列に誰置く われ君を置く」

師匠の愛があふれている。

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