八尾ニューモラル生涯学習クラブ掲示板投稿検索

 高安の里・サクランボ  あ  2018年5月1日(火) 9:11
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 ゴールデンウィークの最中の里山散策、赤く染まったサクランボの実が、足が止まる、手と口が動く。恩智中町にて。

 八尾常光寺 大般若会(だいはんにゃえ)  Kan  2018年4月30日(月) 20:27
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八尾の常光寺といえば、河内音頭発祥の地として有名。この寺の春の伝統行事に「大般若会(だいはんにゃえ)」がある。赤鬼青鬼を先頭に閻魔大王や地蔵菩薩、そして稚児行列、続いて如来や僧が境内に架設された通路を歩く。この寺は八尾地蔵として昔から有名で、ここの地蔵さんは閻魔大王と懇意といわれている。万一閻魔さんの前に行くようなことがあれば「八尾地蔵さんの友人です」といえば極楽行の決済となるようだ。今回縁あって如来役を引き受けることになった。お面の中から見える景色は正に点状態。足元までふらつく。それでも如来さんになった気分は格別のものだ。初めての経験は緊張と達成感。いい経験をさせてもらった。

 今晩お通夜に行く  Kan  2018年4月24日(火) 15:13
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昨日あるお寺の庵主さんが亡くなられた。今晩お通夜に寄せていただく。伴林光平の勉強会でこのお寺を度々訪問しているが庵主さんと会話をしたのは2回ほど。だがお通夜に参列したいという気持ちが起こった。亡くなる10日ほど前、このお寺で浪曲会が催され参加した。「亡くなる前に父の思い出と重なる浪曲を聞きたい。一流の浪曲師やで。」庵主さんの願いが実現した浪曲会のその場に参加できた喜びを思った。訃報を受けた今、人生を見事に生き切った庵主さんの姿に感動すら覚える。(写真は浪曲会の後で)

 ありがとうございました。  館長  2018年4月30日(月) 12:37 [修正]
庵主さんの御希望により、私も日本の芸能に触れる機会を得ました。特に、浪曲の題材には親子の情に関するものが多く、今必要なモノかと感じました。

 庵主さんの旅立ち  ikekazu  2018年4月30日(月) 15:12 [修正]
 この世との別れの日が庵主さんにはお分かりだったのではないでしょうか。それに間に合うように、12日に「最後の願い」がちゃんと叶えられそれを土産として彼岸へと旅立たれた。浪曲を聴く会は縁の方々とのお別れの会をも兼ねておられたのでしょう。見事なご一生であられた。

 真実は一つかA  ikekazu  2018年4月30日(月) 10:00
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 「因果応報」「善因善果」「お天道様は見てござる」 私はこれらを信じて居り、真実だと思う。三つとも同じ意味だと私は捉えていて、生活の拠り所としてきた。最後の言葉は母からよく聞かされたのだが、(悪の道に足を踏み入れず)曲がりなりにもここまで来られたのも、母の口癖を時々思いだし、母を泣かせてはいけないが自分を律してきたからだと思っている。

 処で、東日本大震災では15,895人の尊い命が奪われ、未だ2,539人の行方不明者がおられる(2018年3月9日現在) 7年が過ぎてなお故郷に帰れぬ人もいる。自然災害とは言え、犠牲になられた方、遺族の方、故郷を追われた方達の無念さは如何ばかりであろうか、察して余りある。

「犠牲になった人と、助かった人の間には明確な理由や共通の法則などありはしない」山村武彦 (折々のことば 鷲田清一 1044)から孫引き。

 私はこの言葉も真実だと思う。防災アドバイザの山村氏に依れば、「大津波で生死を分けたのは、ちょっとしたタイミングや居場所の差だった」と言う。それすらも、「因果応報」や「善因善果」と言えるだろうか。少なくとも私は絶対言えない。

 歳を重ねると  ikekazu  2018年4月26日(木) 14:08
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 長寿化した昨今、昭和15年生まれの私などはまだまだ「鼻たれ小僧」かも知れないが、もう一年長生きさせて貰えれば、昭和、平成、○○、と三時代を生きることになる。それはさておき、年を重ねるとどうなるかを私の実感から。

@集中力の衰え(自分の気持ちとは裏腹に)
自分では集中している積りでも、かなり散漫になっていることに驚かされる。過日、ス−パで鰻の蒲焼を買いレジも済ませながら、それを店に忘れてきたのです。しかもそれに気づいたのが1.5時間以上も後だったのです。でも日本は有り難い国ですよね。ちゃんと何方かが店に連絡して下さり、調理室に保管されていました。感謝。

A大きなご褒美がもらえる(時間という妙薬のお陰)
過去の辛かったこと、悲しかったこと、悔しかったこと、これら全てが今となっては楽しい思い出として振りかえることができる。これを褒美と言わず何と言おう。

B他人事が自分事になる(これが今一番切実な感想なり)
・杖を使う・補聴器を使う・入れ歯・駅でエスカレ−タやエレベ−タを使う・背中の痒い所に手が届かない・人の名前が思い出せない・少しの段差で躓く・薬の数が増える(しかも喉が通りにくい)。 これらは若い時にはすべて他人事であったが、今すべて自分事になった。そして最大の自分事は「死の意識」 80歳近くになると、朝の目覚めに、「あぁ今日も目が覚めた、生かされている」と思うことがしばしばなのです。

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