八尾ニューモラル生涯学習クラブ掲示板投稿検索

 道徳観・価値観@  ikekazu  2021年9月29日(水) 10:49
[修正]
 今の道徳観・価値観でもって、昔の制度や慣習を一刀両断することは詮無いことである。というより避けなければならない。そうでなければ歴史が成り立たない。何より、わが国物語文学の最高峰を占める『源氏物語』は生まれなかった事になってしまう。そんな淋しいことは許されないのだ。(笑い)

 平安時代、天皇家も貴族も一夫多妻制がとられていた。その理由は、安定的な皇位継承やお家の存続のためであった。そしてそれは至極当たり前として周りから受けられていた。それは武家社会になっても引き継がれ、将軍家も大名も側室をもつことになる。秀吉も家康も然り。しかし、世間では、”余り良いことでないのでは?” の気分が芽生えていた事も事実であろう。

 だから、明智光秀が愛する妻・お熈以外に女性を傍らにおかなかったのは稀有なこととして、美談として残ったのだと思う。又少し色合いは違うが、光秀の娘・お玉(後のガラシャ夫人)を妻にした細川忠興の次の話も語り継がれることとなる。

 忠興は、舅の光秀に謀反があり、お玉を味土野に隠していた2年間に一人の側室を持ち、お玉の機嫌を損ねた。忠興が家康に従って東国へ上杉討伐に赴いていた留守中、玉造の細川邸が石田三成に攻められ、お玉は家来に胸を突かせて39歳の生涯を終える。忠興はお玉の死後、45年生きて83歳で亡くなるのであるが、死ぬその日まで、こよなく愛した在りし日のお玉の姿を想い、その最後を思って、お玉の死後、妻を迎えなかった。

 向田邦子さんのこと  ikekazu  2021年9月28日(火) 14:51
[修正]
 向田さんが台湾での飛行機事故で亡くなって早や40年になるらしい。正直申し上げて私は彼女の作品は何も読んでいない。では接点は何もないかと言えば、一つあるのだ。それは私の結婚2年前の昭和39年〜41年にかけて、とても楽しみにしていたテレビ番組があった。

 TBS系列局の「ナショナル劇場」で放映された、「七人の孫」である。明治生まれの祖父(森繁久弥)、大正生まれの両親(大坂志郎、加藤治子)と七人の孫(高橋幸治、松山英太郎、いしだあゆみ他)が繰り広げるホ−ムドラマであった。喋り方と言い、演技といい、独特の雰囲気を醸し出す森繁さんに惹かれた。もうドラマの中味は何も覚えていないが、些細な事から家庭内で問題が起き、喧嘩もする。でも最後はおじいちゃんの一言で円く収まっていくようなスト−リではなかったろうか。本当に1週間が待ち通しかった。

 このドラマは、原案が源氏鶏太、そして脚色が向田邦子さんだった事を今知った。向田さんの物を書く時の関心は、身近な出来事や人間関係であったという。家族誰しも長所と短所を持つ。身近な家族の中でも理解し得ない部分があるが、誰の事も全否定しないのが向田作品と言われている。

 漫画の、「サザエ」さんも、先日8586回を迎えた「ののちゃん」も、家族誰もが優しいが、気の強い所もある。欠点を持ち、失敗し、喧嘩もするが、矢張り人格の全否定はしない。これが家族や仲間の長持ちの秘訣かも知れない。教えられる。

 ある投書から  ikekazu  2021年9月27日(月) 9:32
[修正]
 和歌山の70代男性の投書から47年前を懐かしんでいる。投書の内容は、この方が30代の頃農作業の終わり掛けに、父に「ワラビを採りにいこうか?」と誘ったら意外に父が「行こう」となったらしい。それまでその様なことは全くなかったことなのに。帰る途中、父がある谷を指差して「ここはゼンマイ谷というんや」と語ったそうだ。そこで急いでゼンマイも採り帰宅。

 帰宅し、「湯掻いて干しておこうか」と声を掛けると父は「う−ん 早い中に食べよう」と答えた。その日から数日後、父は脳溢血で急死した。父は死を予期していたのかも知れない と、想いを馳せておられる。

 父親と息子たちの関係は、一昔前は「寡黙」だったとは言えないだろうか。私に関して言えば、高校を卒業し就職するまでは、只々怖い存在であった。良く話すようになったのは私が結婚してからである。時々手紙や電話もくれた。段々と円くなって行った(大相撲が好きだった事を今思いだした)

 昭和49年版の父の手帳(銀行の小振りもの)がある。手元に残る唯一の父の形見である。当時元日には、私も弟も家族で実家に帰ることにしていた。父の日記によれば、弟一家は30日、私が31日午後に帰ったと記されている。明けて元旦、父(兄)、私、弟の三家族全員14人で記念写真を撮ったと。更にその後、山中に鎮座する「田上不動尊」に参拝。しかし1月仲頃から父は体調を崩し寝込むことになり、この年6月1日に64歳で「食道がん」の為、旅立った。

 記念写真を言いだしたことや、弟、私、父での不動尊参拝、父はこの時死を予期し、別れの準備をしていたのかも知れない。父の手帳は3月以降空白である。

 タメ口  ikekazu  2021年9月26日(日) 9:09
[修正]
「タメ口(タメぐち)」は、23年前発行の広辞苑第5版には載っていない。

 阪神の守護神スアレスが21日の中日戦の9回に登板し、見事に33セ−ブ目を挙げた。その時のインタビュ−での発言(ネット)から。「9回にチ−ムが逆転してくれたから絶対に守り切る気持ちでマウンドに上がったよ。兎に角勝つことが出来てうれしいね」。私はテレビを観ていないし、若し見ていて彼の発言(多分英語)を聞いたとしても意味もニュアンスも理解できないのだが。

 テレビで外国人がインタビュ−される場面を多々見かける。字幕に出てくる言葉は、ほぼ全部と言ってよいほど、「〇〇よ」、「▲▲だよ」「◇◇だね」である。気になるのは、本当にその様な口調だったのか? これらの口調から私が受ける感じは、目上の者が目下に言っているように聞こえる。が本当にそんな感じの発言なのかと、予ねてより私は悶々としていた。そこで調べた。

「よ・だ・ね」を「タメ口の用語」というのだそうだ。「△△ます」「◎◎です」調が丁寧語であり、これと区別して親しさを醸す為に出てきた様である。2008年の調査で、過半数は「タメ口」の意味は仲間内での言葉遣いで、次の多数は、年上が年下に話す際の普通の言葉だと認識していたとある。

 最後に新聞の記事。「海外の女性インタビュ−どうして語尾が『〜だわ』『〜のよ』と言った女言葉なのか」と。見かける度に「そうは言っていないのでは?」。私と同じ事を考えている仲間がいた。

 人類は恐竜化してしまった?  ikekazu  2021年9月25日(土) 22:48
[修正]
 恐竜は三畳紀(2億5千万年前〜2億年前)から白亜紀(1億4千万年前〜6千万年前)まで生息していた。ニワトリ大から身長35メ−トル迄いたと言う。絶滅した原因は、大隕石の地球への落下(衝突)らしい。その為気候に大変動が起こったというのだ。

 私は、無敵の恐竜が亡びたのは、「自己肥大化」が原因であると言ってきた。勿論非科学的を承知で である。大きくなり過ぎた自分を維持出来なくなったとの考えである。地球が養い切れなくなったと言い変えても良い。

 何故その様なことを考えたか? 現在の地球上で、恐竜に匹敵するのは「人間」ではないか。生物多しと言えど人類程増え続けている生物はいないという。その人類が自然を思う通りに出来ると勘違いして、結果的に徐々に地球を破壊して行っている。それが地球温暖化=気候変動ではなかろうか。人類が恐竜化(自己肥大化)してしまったのである。

 今のまま人口が増え続ければ地球は持ちこたえられない。全人類が今の先進国並みの生活をしようと思えば、地球が2.5個必要だとの試算もある。奢り高ぶった人類が先に恐竜のように亡びるか、地球が先に息の根を止められるか?

 平家物語に言う。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。奢れる人も久しからず ただ春の夜の夢の如し。猛きものも遂には亡びぬ 偏に風の前の塵に同じ」と。

P1 P2 P3 P4 P5 P6 P7 P8 P9 P10 P11 P12 P13 P14 P15 P16 P17 P18 P19 P20
全 100件 [管理]
CGI-design