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 「あさんの、夾竹桃」への返歌  koba  2018年8月11日(土) 8:04
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良き友の 祝いの言葉 花画像
  打ち上げ花火 祝いの花火

猛暑日や 夾竹桃の 夏花火
  友の労い 心に響く       和歌二首


あさん、おはようございます。中国大会初優勝に対する祝福のお言葉をありがとうございました。心に沁みました、とても嬉しいです。

「返信」の投稿欄が開きませんので、花画像をコピーさせて戴き、新しく投稿の欄に返信いたします。

本校は中高一貫校の進学校を看板にしており、そこにかこつけて『進学指導だけでも多忙で大変なのに、部活指導なんてブラックで、できるものか、そんなしんどいことはしたくはない。。。。』という教員が多数です。部活動が停滞している学校の雰囲気なのです。部活指導に対する評価が低い学校です。

しかし、私には譲れない信念があります。それは私自身が「文武両道」を実行して、「文武両道」を実行できるバイタリティーのある生徒を一人でも多く育てる、輩出させる、という信念です。

「文武両道」は日本の古来からの素晴らしき伝統・文化のひとつでもあります。

あさんからの祝福のお言葉から、夾竹桃を「お祝いの打ち上げ花火」に見立てて和歌を詠みました。僭越ながら、自分へのご褒美として受け止めました。

とても嬉しい花画像をありがとうございました。
8/17〜の全国大会、頑張ってきます。

 よき見本とさせていただきます  ikekazu  2018年8月9日(木) 21:14
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 俳優の津川雅彦さんが亡くなった。私と同い年である。余りにもはやい逝去。この「はやい」の意味は年齢のことではなく、奥様をなくしてからの期間の短さを指します。何しろ奥様の朝丘雪路さんが亡くなったのが今年の4月だから、まだ4か月弱である。雪路さんが呼び寄せたのか、はたまた雅彦さんが雪路さんのもとへと急いだのか、どちらなのでしょうか。

 しかし、私はこのご夫婦のこの世との「さようなら」は理想的な形ではないかと思っている。病気だった雪路さんを見守り・見送り、それから、自分が子供さんに面倒をかけないでほどなく後を追う。

 私も介護の妻を抱えているので(まだ軽い方なので大いに助かっているのですが)、何としても私が倒れるわけにはいかない。共倒れになれば子供たちに大きな迷惑をかけることになるので、それなりに気を張っている積りです。

 先ず13歳のララを見送り、妻を見送り、そして程なくして私がこの世を去る。という図を描いているのです。妻が元気だった頃は、妻が私を見送ってあげると言っていたのですが、形勢が逆転しました。世の中は儘になりませんね。

 高安の里の花・夾竹桃  あ  2018年8月8日(水) 11:13
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 夕日を受けて、高安山を背景に夾竹桃の花が咲いていた。西高安にて。
 kobaさん、中国大会初優勝おめでとうございます。折しもマスコミでは甲子園一色、大阪は南北2高出場、南北の境に位置するこの両校、八尾からも近く、この日も2高を自宅より自転車による散策、両校とも校舎や近くの商店街に祝甲子園出場の垂れ幕や横断幕が。

 忖度してあげてくださいね  ikekazu  2018年8月6日(月) 23:18
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 普段は日の経つ速さを嘆いている私ですが、勝手なもので今年の7月中旬からは違います。倍の速さで日が進んで欲しい。何故かお判りでしょう。そう、この暑さです。私の誕生の9月を待ち侘びているのです。

 処で、こんな猛暑の日中に犬の散歩をしている人を見かけます。もう呆れるというより怒り心頭です(口には出せませんが)。36〜37度ともなれば、アスファルトの表面は優に50度を超えているのではないでしょうか。飼い主は靴なりゴム草履を履いていて熱さを感じないでしょうが、犬の両手両足の肉球は火傷をする惧れがあります。これはもう動物愛護法違反の罪で罰せられるべきだと思います。それより可哀想だとは思はないのでしょうか?

 今年は世界各地を猛暑が襲い、スイスのチュリッヒでは暑さを和らげる為の靴が警察犬に支給されたと報じられている。素足で立つにはアスファルトが熱すぎるためだという。警察は酷暑で苦しむ犬をいたわる取り組みを「ホット・ドッグ・キャンペ−ン」と名付け、一般の飼い主にも靴の購入を呼び掛けているそうだ。

「動物愛護法」は『愛護』と『管理』の目的から制定された法律で、『愛護』は動物の虐待を防止して命を大切にすること 『管理』は飼育している動物が周囲に迷惑をかけないようにすること。 日本はどうも愛護も管理も遅れているように思う。

 我が家のララのことを書くスペ−スが無くなりました。残念!

 戦争とは  ikekazu  2018年8月4日(土) 22:00
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 73回目の終戦記念日(近年、敗戦記念日と称すべきとの声も)が近づいてきた。8月6日、9日も15日も今年ほどではなかったと思うが、矢張り暑かったに違いない。戦争とは何かを考えていて、古くからの諺に行き着いた。

 さて、石原莞爾という「戦争の神様」と呼ばれた軍人がいた。陸軍参謀本部作戦部長の要職にあったが、東條英機と対立し敗れ、昭和16年に予備役に編入され、再び表舞台に立つことはなかった。第二次世界大戦後の東京裁判では東條と対立していた点から戦犯に指定されず、証人として呼ばれた。

 裁判官の「日本軍の21倍の兵力を持つ中国軍と戦うという無謀な作戦を立てたのはなぜか」との質問に対し、「戦争とは数ではない。作戦だ。もしこの度の戦争、私が指揮を執っていたならば、その裁判長の席に座っていたのは私で、ここに立っていたのは君だったんだよ」と『自分ならアメリカに勝てた』と受け取れる発言をし、それに対し誰も文句を言えなかった」(初めて知ったのだが、この裁判は東北の酒田出張所で行われた。「人の話が聞きたいのならそっちから来い」と裁判官を呼びつけたのだ)

「勝てば官軍敗ければ賊軍」となるのが戦争の一面であることを示す逸話である。

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