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 高安の里の花・河津桜  あ  2018年2月27日(火) 9:09
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 高安の里の早咲き桜・河津桜が咲き出した。二月に入り梅の花が咲き、三月の節句にと農家の桃の花もちらほら、花の里の賑わいも近い。大窪にて。

 懐かしさ  Hiromi  2018年2月26日(月) 18:14
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折り紙で作ったランドセルや鉛筆です。今年度読書を頑張った子供達に、プレゼントするために、下手ながらも折ってみました。
ランドセルも鉛筆も教科書も子供達にとっては必需品です。だけど私達にとっては、どこか心がほっこりする思い出の品。
子供達を見ていると、比較的大切に扱う子、粗雑に扱う子など様々です。面白いのが、休み時間に鉛筆を削る事を忘れた子供は、授業中に、ものさしや常備しているハサミで必死で削り、また消しゴムに、鉛筆の先で穴を開けては遊んでいたりします。その姿は私達大人に懐かしさを感じさせてくれるものです。
時代と共に教育現場は大きく変化しています。それに適応する子供達は大変です。しかも私達大人はどんどん付いていけなくなっています。ですが、どこか小さな所に、自分達と変わらない部分があれば、安心でき、嬉しく感じるものでございます。

子供達に「ガンバれ!」とエ―ルを贈りたいものでございます。

 時代と共に言葉も変わる  ikekazu  2018年2月23日(金) 23:03
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 「古稀・古希」70歳の称 杜甫、曲江詩「人生七十古来稀」とある。

 「希」と言う言葉には、すくないこと、めずらしいこと、まれ という意味がある。だから「70歳を迎えられるのは古より滅多にないことだ」となる。杜甫は約1,200年前の唐の時代に活躍し詩聖と言われた人だが、本人は58歳までしか生きられなかった。日本でも戦前までは「古希」の意味が十分通用したかと思うが、平均寿命が格段に延びた現在の日本ではこの言葉は死語に等しかろう。何しろ80歳90歳どころか、100歳以上が6万人余もおられるのだから。

 今日わが家のポストに某キリスト教団のチラシが入っていた。何気なく読んでいたのだが、成程と膝を打った個所があったのでご紹介します。

 「生きていくためには希望が必要です。 略 しかし『希望』と言う字は、『あるかなきかの望み』と書きます。略 聖書には『すでに見えている希望は希望ではない』と教えています。お金持ちになりたい。すてきな人とであいたい。これらは全て願望です。希望ではありません。楽をして暮らしたい。自分の思い通りに支配したい。こういったレベルになったら、もう願望と言うより欲望でしよう」

 「希望」「願望」「欲望」の違いの説明に適しているなと心に残った。

 高安の里の花・紅梅  あ  2018年2月20日(火) 12:20
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花の里・神立では早咲きの紅梅が咲き始めていた。

 言葉B  ikekazu  2018年2月19日(月) 21:27
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 先輩が後輩に連綿と専売特許のように使ってきた言葉の一つに「柔い」がある。明治人が大正生まれの人を「柔い」と言い、そう言われた大正人が昭和一桁生まれの後輩に「柔い」と嘆くように。案外、縄文人が弥生人に同じことを言ったのでないかと想像するのはとても楽しい。先輩が後輩を「柔い」と思うのは、人間の性かもしれない。それは親が子を頼りなく思うのに似ている。

「柔い」は、@やわらかい。A弱い。柔弱である。(例)そんな柔い神経ではやっていけない。B柔和である。と説明されている。

 平昌五輪もそろそろ終わりに近づいてきた。出遅れた感のあった日本勢だが中盤にかけての活躍が目に付く。フィギュアで、羽生弓弦がソチ五輪に続き66年ぶりの2連覇を果たした。僅か3ヶ月前に怪我をし心配されていたし、同時に世界中から2連覇を注目されていた。そんな極度のプレッシャの中での金メダル。また羽生の陰に隠れてはいるが宇野選手の銀メダルも素晴らしい。

 日本、いや世界体操界のエ−ス内村航平。中学生棋士藤井六段は29連勝に続き、17日の朝日杯将棋オ−プン戦では羽生善治竜王や、広瀬章人八段を破っての堂々の優勝。彼等に共通するのは強靭な精神力であり、「柔い」の真逆である。「今の若者は柔い」とはとても言えない。ましてや柔弱な私に於いておや。「十把一絡げ」の物言いは避けた方が良さそうだ。(敬称略)

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