八尾ニューモラル生涯学習クラブ掲示板投稿検索

 悲惨な事件だった  ikekazu  2021年7月5日(月) 11:36
[修正]
 20年前私は未だ会社勤めをしていた。6月8日、取引のあるS銀行T支店のY行員さんのお子さんが事件に巻き込まれたようだとの一報を得た。午後のニュ−スでは、それは付属池田小学校に包丁2本を持った37歳の男が侵入。逃げる児童を追いかけ、7人が死亡、15人が重軽傷を負った悲惨な事件である事が判明した。赤茶けた当日の夕刊には「教室に乱入7児童刺殺」の見出しと、校庭に避難した子どもたちの上空からの写真が載る。どれほど怖かったことだろう。

 社団法人八尾シルバ−人材センタ−は、八尾市教育委員会から、市立全小学校の受付の仕事を請け負っている。校門を入った所に、「ボックス」を置き、受付員が常在、常時校門は閉め、来客には用件をお聞きした上で、お名前を書いて頂き、入校してもらう。この様なシステムが導入されたのは、池田小学校の事件がきっかけである。費用は約5,000万円/年も掛かり、市の財政の事もあり、廃止云々が市議会に上程されることもあるが、子どもの安全には代えがたいと現在も続いている。

 私の子供の頃は、学校には初老の小使いさん夫婦が住み込んでおられ、下校時には二人に戯れたものである。勿論学校へは自由に出入りが出来、放課後には運動場で遊んだり、飼育されている小動物を見たりした。池田小学校の様な事件は予想だにしなかった時代である。

 最近の事件で気になるのは、「相手は誰でも良かった」「殺してみたかった」「人の苦しむのが見たかった」など動機が想像を絶することである。今日も児童が安全でありますようにち祈りつつ。

 紫式部は何を伝えたかったのかK  ikekazu  2021年7月4日(日) 9:29
[修正]
(知識の栞)@当時「法華経」では、醜さは前世に犯した罪の報いと教えていた(私には信じられないが)。A紫式部は、美人の形容は「いと罪軽きさまの人」と簡単に紹介しているのに、不美人は徹底的にその容姿を描写する。ある人は末摘花を日本古典空前のブスとまで紹介する。(何故紫式部はここまでしたのだろうか)。

「末摘花」その二」光源氏は余りの現実の無残さに茫然自失する。若紫の所に帰った光源氏は、若紫を相手に遊びながら、自分の鼻の先に紅をつけて、「私がこんな鼻になったら、どうなさる?」などとからかう始末。

 容貌だけでなく、他の事にも末摘花は世間と大いにずれている。・まともな歌が詠めない。・正妻の紫の上を差し置いて、光源氏に歌、手紙を添えて正月の装束を送る(しきたりの無視)。しかも貧しいから、赤が許せないほど色あせたような着物=古着。・実際は琴の名手とは程遠い? 光源氏は呆れて、末摘花の手紙に、「なつかしき色ともなしに何にこの末摘花を袖に触れけむ」と悪戯書きするのでした。

 光源氏は、一度かかわりを持った女君は最後まで面倒を見るという良い性質を持っていたが、流石に、須磨へ流離していた時は末摘花の事はすっかり忘れていた。帰京後も1年を過ぎた頃に、花散里を訪れて行く途中、これは末摘花の邸では?と思い立ち寄る。屋根まで生い茂った泥棒も避けて通る様な邸に入る。其処には自分を信じて4年間も光源氏の訪れを待っていた末摘花がいるではないか。その純真さに胸を打たれた光源氏。

 天皇陛下の御懸念  ikekazu  2021年7月3日(土) 11:04
[修正]
 宮内庁の西村長官が、東京五輪について、「陛下が五輪開催で新型コロナウイルス感染が拡大しないかと懸念されている と『拝察している』」と述べた。これが波紋を広げている。何故か、それは、憲法上、天皇は政治的な発言をしないこと、つまり天皇は一切の政治的行為を許されないとされているからだ。

 天皇陛下は今苦しい立場ではなかろうか。・皇室はより国民に寄り添う事を期待されている。・国民の6割が五輪開催反対である。・天皇は東京五輪・パラリンピックの名誉総裁をつとめられている。多分開会の宣言をされることになるのであろう。もし五輪が開催され、コロナ感染が拡大した場合、開催を宣言した天皇として辛い立場になる。だから、本当ははやらない方が良いと考えている事を事前に知って欲しい。しかし、公には発言できない。それで、長官がそう「拝察した」との立場を取られたのであろう。

 では天皇は意思表示の方法はまるきりないのだろうか。昭和天皇はA級戦犯合祀に反対であられた。が本心を口に出来ない。だから歌に想いを込められた。<靖国の名にそむきまつれる神々を思へばうれひのふかくもあるか>。最もこの御製は正式には発表されていない。代わりに1990年に出版された御製集『おほうなばら』に採録されているのは、<この年のこの日にもまた靖国のみやしろのことにうれいひはふかし>である。

 又昭和天皇は岸元首相がお気に入りだったが口には出せない。代わりに元首相を詠んだ歌3首が残された。<国の為務めたる君(は)秋またで世を去りにけりいふべ(ぐれ)さびしく>

 紫式部は何を伝えたかったのかJ  ikekazu  2021年7月2日(金) 10:57
[修正]
(予習)夜はLED電球に煌々と照らされる現代人にとって、平安時代の夜の暗さを想像するのはかなり難しいかも知れません。貴族の家では、菜種油を燃やす灯台(灯)が主な照明器具でした。今の明るさとは比較になりません。そのことが色々な悲喜劇を生み出します。今日はその様な話です。

(末摘花)が今日の主役です。光源氏18歳の時、源氏の乳母の娘の大輔命婦から、末摘花の噂を聞きます。末摘花は故常陸宮の忘れ形見で、しっかりとした後見人もなく今は零落して、荒れた邸に淋しくひっそりと暮らしている。琴の名手らしい(故常陸宮は琴の名手であった)と。

 好奇心が旺盛でまめな光源氏がこの話に乗らないことは有り得ない。命婦をせっついて望みが叶い、源氏は憧れの姫君と一夜を共にすることが出来た。しかし、話しかけても黙り込む。受け答えもろくに出来ない、やわらかみも面白みもない。源氏は少々がっかりする。後朝の文も夕方にやっと送る。暫くは捨て置いていたが、矢張り気になってもう一度訪ねて行く。

 翌朝、外は雪景色。源氏は部屋の中の姫君に出てくるように促す。姫君が出てきて朝日が彼女を照らす。源氏はぎょっとなり思わず声を挙げそうになる。姫君の顔はむやみに長い上に、鼻が異様に長くて、先が象の鼻のように垂れ下がっていて、その鼻の先が紅を付けたように赤いのだ。絶世の美女を想像していた光源氏の心中は。

 「かたわれ」夫婦  ikekazu  2021年7月1日(木) 11:14
[修正]
 私達夫婦はエメラルド婚を迎えました。55年です。正直私が一番驚いています。何故なら若い時から常に身体の不調を訴えがちだった私が、ここまで生きられるとは思えなかったからです。

 私が母と暮らしたのが18年ですから、55年とはその3倍に当たる訳です。正直、母の料理の味は55年ですっかり妻の味に変わりました。処が、55年の後ろの7年、妻は料理を作れない状態になりました。すると今度は妻の料理の味を忘れがちになりつつあります。怖いですね月日の経つのは。

 閑話休題。作家・小池真理子さんが同じく夫で作家・藤田宣永氏を亡くされて1年、朝日新聞にその思い出を50回に亘って連載されました。先々週が最後の50回目。其処に載った文章に私は釘付けになりました。少し長いですが引用させて頂きます。

「元気だった頃、派手な喧嘩を繰り返した。別れよう、と本気で口にしたことは数知れない。でも別れなかった。たぶん、互いに別れられなかったのだ。夫婦愛、相性の善し悪し、と言った事とは無関係である。私たちは互いが互いの「かたわれ」だった。時に強烈に憎み合いながらも許し合い、最後は、苔むした森の奥深く、ひっそりと生きる野生動物の番のように、互いが無くてはならないものになった。「かたわれ」で無ければ、そうはならなかった。」(小池真理子・月夜の梟)

 そうだ、私たちも番の「かたわれ」のようになっているのかも知れない。

P1 P2 P3 P4 P5 P6 P7 P8 P9 P10 P11 P12 P13 P14 P15 P16 P17 P18 P19 P20
全 100件 [管理]
CGI-design