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 道徳観・価値観C  ikekazu  2021年10月4日(月) 10:14
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 家族間での名前の呼び方についての、64歳の女性からの投書です。要旨は、@息子の家庭では、息子が嫁を”ちゃん”付で呼び、嫁は息子を呼び捨て。A孫もそれを真似して、父を呼び捨て、母は”ちゃん”付。この事が気になる。B投書人は、結婚当初、夫の実家に行き夫から呼び捨てにされた。それが嫌で”さん”付で呼んでくれる様に夫に言い、以後そうして貰っている。

 ふと考えた。夫婦になるという事は、ある意味大事業ではないかと。何故なら赤の他人同士が、性格も、価値観も、育った環境も慣習(家庭での習慣)も良く分からないまま一緒になり、新たな親子関係も出来るのですから。

 さて、この投書が私達夫婦の55年前を思い起こさせた。私は滋賀県、妻は大阪府出身。妻も結婚当初、相当両家の習慣の違いに戸惑った様子でした。その一つが、私の母から呼び捨てにされた事だったのです。妻曰く、「自分の母からでさえ”ちゃん”付で呼ばれているのに、義母から呼び捨てにされるとは・・・」。

 これには説明が要ります。私の村では、嫁入りしたらその家の家族(親子)になるのだから、家族としての扱いになるのです。だから他人行儀に”さん”付では呼ばないのです。これこそが真の愛情だとの考えです。これは別所帯を持った場合でも一緒です。妻がその後何も言わなくなったことを思えば理解してくれたのでしょう。嫁姑仲良くしてくれました。尚、私も実家を離れて63年、今もその習慣が残っているかどうかの確認はしていませんが。

 〇〇〇なければ国は亡ぶ@  ikekazu  2021年10月3日(日) 9:40
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 先哲は後に続く私達に、○○○に当てはまる言葉を多く遺してくれています。・神話を学ば ・歴史を学ば ・小説を読ま ・宗教を教え 等々。

「神話を学ばない民族は」 英国の哲学者・ア−ノルド・トインビ−が語ったとされています。「12,3歳位までに神話を学ばなかった民族は例外なく亡びる」と。今日本では、小・中で神話を教えているのでしょうか。日本では、神話は歴史ではないからとの意見もありますが、そもそも、神話=歴史である神話(ややこしい)が、世界にあるのでしょうか。神話はこうあって欲しいと願う先祖の願望が集約されたものでは。それは兎も角、幸いにも現在までに日本が亡びなくて良かったです。

「小説を読まない国は」 先日長寿番組であった「アタック25」が終了しました。そこで長年司会を務められたのが、俳優の故・児玉清さんです。氏が「司馬遼太郎記念館」の講演で語られたのが冒頭の話です。それによれば、”人生の機微は小説の中に網羅されている。日本で小説が読まれなくなって、学校や職場での虐め問題が多く出てきた様に思う。小説を読んでいないから、こうすれば、相手がどう思うか、困るか、困らないか、これはしても良いことだろうかの判断が付きにくくなっているのだと”

 紫式部も光源氏の口を借りて玉鬘に次のように話しかけている。”物語は神代から世にある事を記しておいたものだと言う。日本紀などはほんの一面にすぎないね。物語にこそ、政道に役立つことが、詳しく書いてあるだろう” 『源氏物語』という、物語=小説の金字塔を打ち立てた紫式部の本心だったと思う。

 道徳観・価値観」B  ikekazu  2021年10月2日(土) 11:11
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「おかあさん」という童謡がある。2006年には文化庁の「日本の歌百選」に選ばれた。先ずはその歌詞から、
一 おかあさん なあに おかあさんて いいにおい せんたくしていた
  においでしょ シャボンのあわの においでしょ
二 おかあさん なあに おかあさんて いいにおい おりょうりしていた
  においでしょ たまごやきの においでしょ

 3歳と0歳の娘さんのお母さん(28歳)からの投稿。 最初にお断りしておきますが、この歌詞がケシカランと憤慨しておられる訳ではなく、気づきを得られたのです。それはお母さんの匂いが、「せんたく」や「おりょうり」である事に、古い時代の価値観を感じ、女性=家事 の図式に影響したかも?とお仰っているのである。そして、「作品を尊重しつつ、聴いて終わりではなく、子どもたちと話し合うことが大切と思った」と。

 生まれも育ち(18歳まで)も田舎の私の目からみて、昭和35年頃に、農作業の変革期を迎えたとの思いが強い(池田内閣の所得倍増時代)。そして、ここ数年、「らしく」を初め、「役割」等、価値観の大きな変革期の幕開けを感じる。変わらないのは「生老病死」の四苦だけとなるのであろうか。処で私の母の匂いは、厳しい農作業でかいた汗の匂いであった。

 道徳観・価値観A  ikekazu  2021年10月1日(金) 10:55
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 今日取り上げるのは、「道徳観・価値観」というよりは、「可変・不変」問題と考えた方が良いのかも知れない。長く続いている仕来りや行事を、今一度、@今後も続ける(不変)か、A見直し(可変)とするかを検討しようとする動きが最近多く見られる。主に効果や能率を上げるのが目的のようだ。その動きは当然だと分かっていても、いざ各論に入るとこれが真に難しいのだ。

 さて、今ではそれほど珍しくもなくなったが、女性知事は大阪の太田房江知事が全国の走りではなかったろうか。知事在職中の太田氏が問題視した伝統行事があった。大相撲である。大相撲は年6場所、その中春弥生に行われる大相撲春場所は、大阪で開催される。

 優勝者には、賜杯を始め多くのトロフイ等が贈られるが、大阪府知事賞もその中に含まれる。皆様もテレビ等で見ておられるとおり、杯は贈呈者が土俵に上がり、優勝者に賞状と共に手渡しされる。

 しかし大田知事は土俵に上がれなかった。相撲協会が拒否したからである。理由は、相撲が始まって以来女性が土俵に上がることは禁止されてきたというものだ。今この様な言葉を使えるかどうか自信がないが、「穢れ」の観念である。

 九世紀頃から平安京では、「穢れ」感が広がった。病気や死を穢れとして忌避した。更に現在では何故そんなことまでと思われるが、女性の生理や出産までもが「穢れ」と見做され、女性たちは宮廷から里帰りなどの制約を受けた。此の考えが神聖な場所とされる大相撲の「土俵」にも適用されたのではなかろうか。土俵の女人禁制は女性差別、それとも伝統? 議論は未だ未だ続きそうである。 

 もうどうしたらよいのか???  ikekazu  2021年9月30日(木) 10:17
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 五輪は平和の祭典という。戦争をしていても、五輪開催中は戦闘を中断することになっているらしい。しかし僅か2週間の中断ではなく、ずっと停めていて欲しいものだ。処で、東京五輪で、ベラル−シの女子選手がコ−チを批判したと、出場を外され帰国を命じられた。が、帰国すれば逮捕、投獄されるとして亡命の受け入れを求め、ポ−ランドへと旅立った。今、彼女はどうしているだろうか。安全・安心に暮らしているだろうか。ベラル−シと言えば、現職の大統領が27年間も政権を独占している独裁国家である。

 さて、西側の民主主義国家が北側の独裁国家に、その政治姿勢に翻意を促す言葉を間々発する。@「民主、自由は全人類の共通の価値である。これを固く守っていく(民主・自由)」 A世界は公正で無ければならず、横暴に振る舞ってはならない。(公正)」 B国際法やルールがなければ、世界は弱肉強食のジャングルになってしまう。強い者が弱い物を虐めることには反対だ。(法治)」 ではなかろうか。

 これを口にした時、”是非守って貰いたい”と錦の御旗(最後の砦)を立てた気分になる。其処には、貴方たちは、それをやっていないではないかとの警告が含まれている。しかしである、上の言葉は中国の習近平国家主席が発しているのだ。何かの間違いでは? いや間違いではありません。彼は自分は上の言葉通りにやっていると信じているのだ。もしそうであれば、もう我々には交渉の余地が残っていないことになる。

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