八尾ニューモラル生涯学習クラブ掲示板投稿検索

 「矛盾」ということについて考える@  ikekazu  2019年6月30日(日) 9:28
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「物事には納得できる矛盾と納得できない矛盾がある」大竹伸朗(折々のことば・鷲田清一 2019・6・27より)

 さて、「西南の役」で明治政府に反抗して戦死した西郷隆盛は靖国神社に祀られていないことは広く知られている。この事で、昨年だったか政治家を含む著名人達が連名で合祀を呼びかける新聞広告を見たことを思いだすが、その後どうなったであろうか。

 処で、仙台藩、会津藩(含む白虎隊)等々、戊辰戦争で新政府軍(薩長土肥)に反抗した奥羽各藩=東軍の戦死者も祀られていない。つまり戊辰戦争で賊軍となった諸藩の戦死者は含まれていないのである。 「幕末史」を著した半藤一利さんは、この本を出した理由は、「東軍の諸藩が弓を引いたのは、飽くまで薩長土肥であって、天皇に対してではない。それなのに、西軍の戦死者は残らず靖国に祀られて尊崇され、東軍の戦死者は今持って逆賊扱いで一人として祀られることはない」事への、義憤からであると述べられている。

 ご参考までに、戊辰戦争以前の「安政の大獄」で江戸幕府によって処刑された、吉田松陰、橋本左内、それから戦死ではなく結核で病死した高杉晋作も合祀されている由。冒頭の言葉を当てはめて考えてみる為にも、「靖国神社」の成り立ちを調べてみることにする。

 陽だまり  Kan  2019年6月29日(土) 10:22
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日向ぼっこをご存じだろうか。大した暖房も無い時代、小山の谷や路地の裏に陽だまりがあった。そこは厳しい北風の中でも春を感じるスポットなのだ。この陽だまりに誰となく子供たちが集まってくる。それを日向ぼっこという。日向ごっこが訛ったものだろう。今そんな姿を見たことがない。
宝島セミナーに講師に来ていただいたMさんが主宰する「陽だまり」を訪れた。高齢者のたわごとをしっかり聞いてくださった。1時間余りの時間があっという間に過ぎた。この掲示板を主催する八尾ニューモラルクラブが目指すところとも重なるような気がする。皆さんも気軽に訪れてみてはいかがでしょうか。案内パンフを掲示します。

 紫陽花哀れ  ikekazu  2019年6月28日(金) 21:12
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 毎年私の目を楽しませてくれるご近所の紫陽花。今年は、梅雨入りが遅れ雨が少なかった関係か至って元気がなかった。梅雨入りの報のあった朝、遂に命脈が尽きた。奥様のお話、「一生懸命水やりをしたのですが、残念ながら駄目でした」

 拙い一首を 
「待ち焦がれ待ち焦がれつつ 紫陽花の 命尽きたり梅雨入りの朝」

 今朝の投稿欄に次の様な俗謡と解説が載ったので拝借させて頂く(大学の非常勤講師の松島さんが恩師から聞かれた話)「迷う紫陽花 七色変わる 色が定まりゃ花が散る」 「人の一生は悩みが尽きない。色々なことに迷い、生きている。あっちに行ってみたり、こっちに行ってみたり。人生とはそもそもそういう色変わりのするものなのだ」   これを目にして私の紫陽花好きの原因?が少し分かった気がした。 

 朝日川柳  Hase  2019年6月27日(木) 20:48
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「梅雨入りもいきなり無慈悲の台風か」

○観測史上一番遅い梅雨入りとか。しかし、この頃は、雨も情緒がなくなった。アマカエルたちが待ちかねたそぼ降る雨ではなく、いきなりの台風3号。カエルたちも一時避難となりました。夕暮れには羽をぬらした多数の鳥たちが、空で右往左往してました。世界の首脳たちも空を見上げたでしょうか…。

 そぼ降る雨  ikekazu  2019年6月28日(金) 0:18 [修正]
「そぼ降る雨」とは良い言葉ですね。惚れ惚れします。先人は良い言葉を遺してくれました。処で、梅雨入りの記録的な遅れの影響でしょうか、今年は綺麗な紫陽花を目にすることがほとんどありません。何とも淋しいです。そぼ降る雨、アマカエル、紫陽花。6月が間もなく終わろうとしています。

 立志・道程・結果  ikekazu  2019年6月25日(火) 20:23
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「結果が良ければ全て良し」という諺がある。その意味は説明するまでもない。何時だったか街中の掲示板で目にしたのが、「結果より経過が大事です」。吉田松陰は「志を立ててもって万事の源とする」と塾生を叱咤激励したと伝わる。先日、歌手の加藤登紀子さんが、結果を生むための道のりこそ大事だという事を、「乾いた洗濯物しかみないあなた!一冊の本を最後のペ−ジしか読まないのと同じよ」と表現(ひらり一言より)

 さて、自分一人で「志」を立て、途中何度も苦難に見舞われながら、初志を貫徹、結果を遺したとなれば、これはもう賞賛以外の何ものでもあるまい。しかし凡人にはそれは並大抵ではない。でも、志を立てる人(団体)、それを受け継ぎ実行する人(団体)、結果を残す人(団体)と、それぞれが別であっても構わないのではなかろうか。そんな例を以下に。

@「織田がこねこね 羽柴が搗いた天下餅 黙ってくうは徳川家康」
 戦争に明け暮れた戦国時代から、戦争の無い世の中を目指した。
A天誅組が立ちあがり(志=失敗に帰したが)、5年後薩長の下級武士が王政復古の軍をおこした(道程)、明治維新(結果)
 日本の独立を維持。

 私の結論。志も道程も結果も全てが大事。しかし、それを一人で成し遂げ無ければならないということは無い。

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