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 国家関係と夫婦関係の相似  ikekazu  2019年10月19日(土) 8:50
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 ふと気づいたのだが、国家関係と夫婦関係は相似しているのでは?

@英国のEUからの離脱が今正念場を迎えている。離脱がこれほどまでに難しいとどれだけの方々が気づいておられたであろうか。私は軽く考えていた。国民投票で離脱が残留を4%上回ったことで離脱が決まったのがもう3年も前のことである。しかし、離脱合意を巡り両者の交渉が難航、批准できていない。内閣も一つ潰れた。

 夫婦になることは実に簡単だけれど、夫婦が別れるとなると、問題が複雑に絡み物心両面でとても大変だとは、経験者から聞くところである。英国とEUとの交渉過程を見て居て、「似ているなあ」と。

A日韓関係が今最悪である。韓国では日本製品の不買運動も盛んで、日本の製品を壊すなどの街頭でのパフォマンスにも熱気が籠る(日本にはその風景は見られないが)。それにしても、両国から発せられる言葉は、記すのも憚られるような激越なものがある。そして共に利益を遺失している。それを見て喜んでいる周囲国があるらしいが、それも夫婦喧嘩に似ている?

 夫婦喧嘩は、些細なことから段々とエスカレ−トしていくのだが、原因は、喧嘩の内容そのものより相手の発する言葉にあるとされる。今の日韓の喧嘩の元は少々複雑だが、感情走っていることでは似ている。

 天災は・・・  ikekazu  2019年10月17日(木) 10:39
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「天災は記憶が鮮明なうちにやってくる」

 この度の台風でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々にお見舞い申し上げます。

 9/17に千葉市付近に上陸した台風15号は大きな爪痕を残した。特に千葉県が酷く、住家の被害が、全壊157、半壊1371、一部損壊27940、床上浸水40、床下浸水69、また長期に亘って停電が続いた。その復旧もままならぬうちの、10/11に台風19号が東海・関東を襲った。現在までに判明した被害状況は、18都府県にわたり、死者78人、不明15人、堤防決壊は52河川に及ぶという。

 物理学者の寺田寅彦は、「天災は忘れた頃にやってくる」と言ったが、最近は1週間毎に日本列島を襲う感がする。「忘れた頃」ではなく、「記憶も鮮明なうち」なのだ。

 彼は昭和9年の随筆集で、現在を見事に見通している。一端を引かせて頂く。「いつも忘れがちな重要な要項がある。それは文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその激烈の度を増すという事実である。人類が未だ草味(そうまい=世の中が未開で人知の発達していないこと)の時代を脱しなかった頃、頑丈な岩山の洞窟の中に住まっていたとすれば、たいていの地震や暴風でも平気であったろうし・・・」

 昨日の新聞に、武蔵小杉のタワ−マンション(47階建て、高さ161メ−トル)で停電とあったが、オ−ル電化だとすればどうなるのか、身の毛もよだつではないか。

 プラン八尾市周辺の会 秋の例会  Kan  2019年10月13日(日) 23:48
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台風一過10/13プラン八尾市周辺の会主催の「秋の例会」が開催された。訪れた会場は古代日本の墳墓群がある羽曳野市、市の指定文化財に登録されている畑田家。午前は畑田家住宅の見学そして昼食をいただきながらお互いのプラン活動報告。午後は阪大名誉教授柏木隆雄氏を囲んでの文学フォーラム「正岡子規の生と死 31歳の自覚」に参加。参加者の感想を紹介。
@プラン八尾市周辺の会はとても温かいので今回も参加しました。
A畑田家に残された生活用具が懐しく田舎のおばあちゃんの家を思い出した。
B長屋門とは長屋と続いているから長屋門ということを初めて知った。
C井戸に落としてしまった果物などを拾い上げる専用器具があったことに驚いた。
D水車は動力に使うものと水をくみ上げる2種類があるを知った。
E畑田家当主の趣味で集めたオルゴールの種類と多様さに感動。オルゴールがまるでオーケストラ演奏のようだ。
F子規の絵や文字の美しさ、そして子どものように自由な表現、本を読んでみたい。
G正岡子規がわずか35歳の人生でありながら俳句や短歌の改革に果たした役割の大きさに驚く。一言で言うなら「自らが実際に体験し感じたことを俳句や短歌に表現できる流れを作ったこと」
H柏木講師が何気なく挟まれた言葉。「私は色んなことを人に助けられて運よく歩んできた。人から手紙をもらったらすぐ返事を書く。食べ物を送ってもらったらすぐ口にしておいしかったとお礼を書く。学術論文などもよく送ってくる。この場合も目を通して感想を書く。柏木先生に送ったらすぐコメントをもらえるとたくさんの方から届き正直負担に思うこともある。それでも学びが大きい。自分の世界が広がる。すぐに返事を書くことはとても大切と思っている。」
*写真は当主が収集したパイプオルガン式オルゴールと当主を中心にプランからの参加者、畑田家見学の様子。

 関西電力の不祥事  ikekazu  2019年10月12日(土) 10:44
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 本件に関しては有識者があちこちで申されているので、素人の私が言うのは憚れるが、最低の株数を持つ一株主として一言申し上げたい。処で、これは内緒だが、私は株主とは言え、電気は3年前から大阪ガスを利用している。

 テレビのニュ−スとなった10月1日だったか、会長が記者の囲み取材を受けて、「個人の事は何も喋りませんよ」と言った事に驚いた。関西電力は勿論民間企業である。しかし、現在ではガス会社や他の業者との競争もあり独占企業とは言えないかもしれないが、「公益事業者」であることは疑いようがない。しかも大企業。その様な企業のトップともなれば、もう私人ではなく公人ではないか。元助役より賄賂かと疑われる金品を受け取っていた問題が出たのである。それに対して、「個人情報」との発言は如何なものか。

 翌日の社長の会見でも、”誰が何をどれだけ受け取っていたかは個人情報だから差し控えさせて頂く”と言っていた。しかし世論の反発を受けて、後日詳細を発表する羽目になったのは周知の通り。どうやら関西電力は初期対応を誤った様だ。悔やんでいるのではあるまいか。しかし、これって、人間的(保身)であり、人間の弱さの象徴とも言え、他人事は思えません。

 仕立券付一着50万円のス−ツの事も述べたかったが紙幅が尽きた。

 民の生活の分岐点  ikekazu  2019年10月10日(木) 22:03
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 人にも事にも分岐点がある。では、ゆっくりと繰り広げられていた我々民の生活が今のようにせかせかしたものになった分岐点はどの辺りだろうか。私は、昭和35年頃で、その象徴が農家での「牛」のような気がする。

 我が国は、石器→縄文(約1万年)→弥生→大和→奈良→平安→鎌倉→室町→安土桃山→江戸→明治→大正→昭和→平成→令和と続いてきた。それぞれの時代に新しい文化が生まれ、生活様式に様々な変化をもたらしたのであるが、昭和35年頃まではその変化は緩やかなものであった気がする。例えれば、ゆっくりと散歩する速度である。

 私の実家は米作農家で、家の玄関脇には牛が飼われていた(家族扱い)。牛は田を鋤いたり、熟したり、重いものを運んだりと大事な働き手であった。父親が田植えの準備をするときは、牛と子供が動員され、牛の半歩前で鼻輪を持ち誘導するのが私達子供の役目であった。昭和35年頃までの農作業風景は、明治や大正と左程変わっていなかったのではあるまいか。

 池田内閣が発足し、「国民所得倍増計画」を掲げたのがこの年である。このあたりから、農機具も進歩を遂げ、農薬が出回り、牛が段々と農家から姿を消していった。農機具以外でも、電化製品が所狭しと店に並び、種類も性能も長足の進歩を遂げていった。生活のテンポも、ゆっくりとした散歩→速足→ランニングへと速度を上げ、今や短距離競走時代である。 牛が農家から姿を消し始めた時代が分岐点だったと思っている。

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